『今なら、素直に』
幼い頃は、父や母が不思議でした。
わたしが寝る時も、目覚めた時も両親は働いていて、いつ眠っているのか不思議。熱い瀬戸ものやお鍋のふたを素手で掴めることも信じられません。
けれど、不思議の秘密はそのうち解けます。成長し、体力が備われば、5時間睡眠でも働けること。皮膚が厚くなれば、熱いお茶碗や鍋のふたでも掴めること。幼かったわたしに、大人の体や体力が理解できないだけでした。
20代のわたしは、よく友だちの家に泊まりました。友人と一緒に過ごすのが楽しいのではなく、家に帰りたくないだけ。両親のケンカも、母の愚痴もみんな大嫌いでした。
でも、今振り返ってみれば、父も母も30代・40代で、加えて親業初心者にすぎません。父親を知らない父と、継母と良い関係を築けなかった母は、それぞれが叶えられなかった理想の家庭を求めて精一杯でした。延々と娘相手に愚痴をこぼし続ける母には、愚痴をこぼせる実家も相談相手になってくれる実母もいなかったのです。
お父さん、三振続きで辛かったんだよね。
お母さん、状況を思い通りに動かせなくて苦しかったんだよね。
今なら、お父さんの辛さもお母さんの苦しさも分かります。あの頃のわたしの気持ちは変わらないけど、外野席の芝生に寝転んで野球の試合を眺めるみたいに、あの頃のわが家を眺められます。
だから素直に、心から言える。
お父さん、お母さん、育ててくれてありがとう。
お父さんとお母さんの娘に生まれて幸せです。