箴言が魅力的な『ある正金銀行員家族の記憶』

箴言が魅力的な本

箴言が魅力的な本『ある正金銀行員家族の記憶』

あとがきによると、この本は著者の八木和子さんが92歳の時にペースメーカーの手術を受け、『あら、命が伸びちゃった、これからどうしようかしら』とおっしゃったことが、きっかけだったそうです。

看病をなさっていたお嬢様が『本でも書いたら』と勧めたら、”本当に書いた。”と驚かれています。『頭で構想を練っては一気に書く方式で下書き清書をし、それを私(宏美)がパソコンに打ち込んでいき五年が経過した。』と記され、病後の和子さんと長女の宏美さんとの協同作業で、この本が生まれたことが伺えます。

ある正金銀行員家族の記憶八木和子(やぎ・かずこ)著、発行者:八木宏美・小口和美、発行所:八木和子回想録編集委員会、平成30年6月発行

この「正金銀行」とは、株式会社横浜正金銀行(よこはましょうきんぎんこう)のことで、貿易決済のために明治13年に設立された半官半民の銀行です。とは言え、外貨獲得に必死だった政府にとって、この横浜正金銀行は国策会社であり、日銀総裁が横浜正金の頭取を兼任していることさえありました。

箴言が魅力的な本

箴言が魅力的な本『ある正金銀行員家族の記憶

このような特殊な銀行に勤めるお父様の長女として生まれた和子さんが、転勤に伴って、ロンドン、上海、横浜、大連、奉天、インド、オランダ領東インド、開戦直前の引き揚げといろいろな体験をなされたことを、綴っていらっしゃいます。

転勤先に向かう豪華客船の話や、インドの避暑地ダージリンへの登山鉄道の旅の話など、数々の体験だけでもスケールが大きくて面白いのですが、特に惹かれたのは和子さんがお話の中に挟む箴言(しんげん)です。

例えば、明治37年の日露戦争頃のお話。彼女のお祖父様が悪徳戦争商人に騙されて、財産を失い没落する話のあとに突然、平成24年の日本に戻ります。尖閣諸島紛争で、日貨排斥のデモや(日本)国旗が燃やされている風景を『私が85年前に経験したのと同様の光景だ。もちろん原因は異なるが、歴史はくり返す。』と記されています。

あるいは、『昔「七十年くらい平和が続くと必ずまた戦争商人が暴れ出す」と言われていた。そして名もない兵士を美味しい美味しいと食べるのだ。何卒(なにとぞ)心配が当たりませんように。』との記述が、心に響きます。戦火をくぐり抜けて生き延びた、八木和子さんの知恵と切実な思いが溢れ出ています。

彼女が重ねてきた時間、92歳という時間の価値を、あちこちに散りばめられた箴言が教えてくれます。

箴言が魅力的な本

箴言が魅力的な本『ある正金銀行員家族の記憶』

最後に、わたしは私家版を国会図書館で読みましたが、鎌倉の出版社が出版なさっていましたので、この情報を加えます。

『ある正金銀行員家族の記憶』八木和子著、ISBN978-4-89629-358-6  本体価格 1800 円+税  出版社「港の人」 〒248-0014 神奈川県鎌倉市由比ガ浜 3-11-49 電話:0467-60-1374 FAX:0467-60-1375

以上

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