認知症でも生きた証を家族へ残し、半身麻痺でも自信を取り戻せる方法『驚きの介護民俗学』を紹介します!

認知症でも生きた証を家族へ残し、残された時間に自信を取り戻せる方法『驚きの介護民俗学』を紹介します!(ウクライナ キーフのセントアンドリュース教会)

認知症でも生きた証を家族へ残し、半身麻痺でも自信を取り戻せる方法『驚きの介護民俗学』を紹介します!(ウクライナ キーフのセントアンドリュース教会 Adrian34によるPixabayからの画像)

六車由実(むぐるま・ゆみ)さんは、大阪大学大学院で民俗学博士の学位を取得。その後、東北芸術工科大学の芸術学部で准教授として学生の指導に当たりながら研究に専念なさっていました。2000年に第20回日本民俗学会研究奨励賞を受賞し、2003年には、サントリー学芸賞を受賞。この華々しい経歴の六車さんがホームヘルパー2級の資格を取得し、2009年5月から静岡県東部地区の社会福祉法人特別養護老人ホームのデイサービスセンターで介護職員として働き始めます。

想像以上の激務をデイサービス、特養の入所、ショートスティと変遷しながら習得し、その間に彼女は利用者さんたちから豊かな世界や生きる強さへと昇華されたかっての絶望を聞き書きします。介護の現場で「思い出の記」を聞き書きした、六車さんの素晴らしい本を紹介します。

認知症でも生きた証を家族へ残し、残された時間に自信を取り戻せる方法『驚きの介護民俗学』を紹介します!(ウクライナ 女の子)

認知症でも生きた証を家族へ残し、半身麻痺でも自信を取り戻せる方法『驚きの介護民俗学』を紹介します!(ウクライナ 女の子 dukefromduskによるPixabayからの画像)

驚きの介護民俗学』(シリーズ ケアをひらく)六車由実(むぐるま・ゆみ)著、2021年3月発行、㈱医学書院、定価2,000円+税、ISBN978-4-260-01549-3

本の大きさは、縦約21㎝・横約15㎝・厚み約2㎝で233ページ。ちょっと厚い本ですが、読み始めると引き込まれます。

内容は、五章に分かれています。新進気鋭の学者だった六車さんが、食事介助に口腔ケアと排泄ケア、オムツ交換に入浴介助等々の業務にあたふたしながらも利用者さんたちから零れたお話をワクワクしながら聞き書きして、利用者さんたちの世界の豊かさや激動を生き抜いてきた強さに触れ、「思い出の記」を必死で完成させる様子が描かれています。

  • 第一章 老人ホームは民俗学の宝庫
  • 第二章 カラダの記憶
  • 第三章 民俗学が認知症と出会う
  • 第四章 語りの森へ
  • 終章  「驚けない」現実と「驚き続ける」ことの意味
    認知症でも生きた証を家族へ残し、残された時間に自信を取り戻せる方法『驚きの介護民俗学』を紹介します!(ウクライナ キーフの夜景)

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例えば、第三章では重度認知症でほとんど日常会話も成り立たたず、徘徊や執拗な話しかけで問題児扱いされていた鈴木正さん(仮名)の話が出てきます。

ある昼休み、六車さんは中度認知症の弥栄子さん(仮名)と正さんの3人でお話します。お互いの住所をきっかけに、重度認知症で日常会話が成り立たないはずの正さんが、正確な地名を答え、さらに沼津駅から沼津港まで「じゃまつせん、蛇に松で、じゃまつせん」という鉄道が敷かれていたと話します。

『でね、沼津市には、”朝鮮人街”があったんだよ』(第三章104ページより引用)と正さんは急に話を変えます。

そこで彼女は正さんの言葉をさえぎらず、続きを促してみると『知っているさ。よく知っているよ。だって、僕は戦争中に”朝鮮学校”で教えてたんだから。一日二時間ぐらい教えてね、それから飯を食って、それで帰ったの。』(第三章104ページより引用)と教えられます。

『沼津市史』等にあたってみると、確かに明治十九年に静岡県内に初めて敷設された国鉄が蛇松線とあり、正さんの記憶の正確さが証明されました。また、「朝鮮人街」などは『沼津市史』には記載がなかったけれどネット検索で、沼津市の紡績工場へ朝鮮人女子勤労挺身隊という労働者の動員が行われていたことも判明。

『沼津駅北に戦時中朝鮮の人々が住んで紡績工場で働いていたことは、忘れられた沼津の負の歴史であったようだ。』(第三章106ページより引用)と六車さんは記しています。

その後、正さんの話をじっくり聞く機会を度々設け、昭和十三年の狩野川大洪水の経験、丹那トンネル工事に携わったお父さんの話、靴下のメリヤス編み機の営業で日本中を回った話など、彼女は聞き書きしています。そのお話を「鈴木正さん 思い出の記」としてまとめ、デイサービスを退所なさった正さんと息子さんに贈られています。

『もちろん、正さんが理路整然と話を展開するわけではない。弥栄子さんとの会話のときと同様に、あちらこちらに話が変わっていく。しかし、正さんなりの文脈に寄り添いながら、散りばめられた言葉を一つひとつ拾い上げ、紡いでいくと、正さんの人生とともに、忘れられた沼津の歴史が豊かに浮かび上がってきたのである。』(第三章108ページより引用)

認知症でも生きた証を家族へ残し、残された時間に自信を取り戻せる方法『驚きの介護民俗学』を紹介します!(ウクライナ ストリートアート)

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第四章では、体中の痛みを強く訴え、さらに「早く死にたい」と頻繁に訴える武藤春子さん(仮名)から聞き書きした体験が語られます。

実父のドブロク作りと役人、さらに舅のドブロク作りと役人の話、継母に育てられた話、子どもの頃の大病の話、嫁いだ農家の生活、戦地で他界した義兄の娘を育てた話、長患いだった夫の話・・・ところが春子さんは聞き書きを始めた一カ月半後、心不全で緊急入院。一カ月で退院したものの容態は悪化の一途をたどり、約半年後春子さんは静かに息をひきとります。

『(前略)今から思えば、春子さんは聞き書きのときだけは、家族を支えて一生懸命生きていたころの気丈さと自信を取り戻していたのかもしれない。ドブロクのことが知りたいという風変わりな職員がいて、何やら熱心に勉強している。体も痛いし苦しいが、せっかくだから波乱万丈の自分の人生や経験について聞かせてやろう。そんな気持ちで私に話を聞かせてくれていたのではないだろうか。(後略)』(第四章166ページより引用)

こうして六車さんは、介護の現場が広義のターミナルケアの場であり、利用者のお話がその方の人生の大切な一片だと痛感。できる限り、聞き書きしたお話を「思い出の記」にまとめ、ご本人とご家族に渡すようになさっているそうです。

認知症でも生きた証を家族へ残し、残された時間に自信を取り戻せる方法『驚きの介護民俗学』を紹介します!(ウクライナ キーフのレストラン)

認知症でも生きた証を家族へ残し、半身麻痺でも自信を取り戻せる方法『驚きの介護民俗学』を紹介します!(ウクライナ キーフのレストラン Bbarker0625によるPixabayからの画像)

また、「俺はもう嫌だよ。こんなになって生きているのは」が口癖の加藤さん(仮名)は、脳梗塞の後遺症で麻痺が残り、車椅子生活。週三回デイサービスを利用しています。聞き書きも最初は口ごもっていたのですが、戦争体験に触れたとたん、雄弁に語り始めたそうです。

二十歳で入隊し、香港に上陸し占領。ジャワ島でアメリカ軍への夜襲攻撃を行い、ガダルカナル島の死守を命じられる。ジャングルをさまよった末にガダルカナル島を脱出し、ラバウルを経て日本に帰国。陸軍海上挺身隊というボートに爆弾を積んで突撃する特攻隊に選抜され、台湾で終戦。それは細部におよぶ詳細な記憶で、泣きながら、息を荒げながら、沈黙しながら、加藤さんは話し続けたそうです。

六車さんも加藤さんのお話を時系列に並べなおし、行軍ルートの地図を作り、文章を何度も確認してもらって、何カ月もかけて『加藤忠紀さん 思い出の記 戦争体験編』を完成。ご本人とご家族に贈られたそうです。数日後、わざわざ加藤さんの娘さんが施設に六車さんを訪ね、こう述べられたそうです。

昔から父親は戦争の話をよくしてくれていたんだけど、なかなか頭に入ってこなくて。でも、こうやって文章にまとめてもらったら、自分の父親がいかに過酷な人生を生き抜いてきたのか、と思います。やっぱり戦争を生き抜いてきた人は強いですね。こんなふうにまとめてくれて本当にありがとうございます。』(第四章175ページより引用)

お嬢さんの感謝と加藤さんの満足そうな様子をうけて、六車さんはこう続けています。

お聞きしたことをなんとか形にしたいと思い作成した『思い出の記』は、利用者と家族との気持ちをつなげるという、予期せぬ結果をもたらした。今から思えば、加藤さんは戦争体験を語るとき、私を通して家族の姿を見ていたのかもしれない。直接には語れない自分の最も深いところにある経験を、そして自分の生きてきた証を、生きているあいだに家族に伝えたい、そんな思いで涙を流しながら私に語ってくれたのだ。そして『思い出の記』を読んだ家族にはその思いが伝わった。

 こうして利用者の記憶を保存した『思い出の記』を通して、利用者の人生が、そして生きてきた時代の歴史が、次の世代に継承されていくことになれば何よりである。』(第四章176ページより引用)

認知症でも生きた証を家族へ残し、残された時間に自信を取り戻せる方法『驚きの介護民俗学』を紹介します!(ウクライナ リヴィウの劇場)

認知症でも生きた証を家族へ残し、半身麻痺でも自信を取り戻せる方法『驚きの介護民俗学』を紹介します!(ウクライナ リヴィウの劇場 SofiLaylaによるPixabayからの画像)

「俺はもう嫌だよ。こんなになって生きているのは」が口癖の加藤さんも『思い出の記』で誇りや自信を取り戻し、残された時間をより楽しく過ごされているに違いありません。

あなたはご両親の人生を知っていらっしゃいますか? ご両親が、認知症や体の不自由さから自信や誇りを失われる前に、まずは『驚きの介護民俗学』を読んでみてください。

☆『驚きの介護民俗学』(シリーズ ケアをひらく)https://www.igaku-shoin.co.jp/book/detail/84380

☆介護士&民俗研究者 六車由実のページへようこそ! http://muguyumi.a.la9.jp/index.html

以上

認知症でも生きた証を家族へ残し、残された時間に自信を取り戻せる方法『驚きの介護民俗学』を紹介します!(ウクライナ 国旗)

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