高齢者への虐待が増えているそうですが、お世話になっている介護施設でも危ないですか?
千葉県では、2023年度の介護事業所職員らによる高齢者への虐待が、前年よりも24件増えて、過去最多の60件だったそうです。(*1)介護に携わる方は献身的で信頼できる素晴らしい方が多いですが、それでも虐待は増えています。日頃から気を付けられるように、いろいろな入居施設や在宅サービス事業などで発生した虐待の傾向を厚生労働省の報告書(*2)から紹介します。
1.高齢者への虐待を防止し、介護に携わる家族・親族等を支援する法律があります
2005年に「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」という法律が制定され、高齢者(65歳以上)に対する虐待を防止することが法律で定めています。
さらに2021年度の介護報酬改定で「高齢者に対する虐待防止を推進すること」が指示され、2024年度から、すべての介護サービス事業所で高齢者虐待防止に向けた取り組みの推進が義務化されました。
具体的には、
- 介護サービス事業所内で虐待防止に向けた研修を行うこと
- 虐待防止委員会を設置すること
- 虐待防止のための指針を作成する
- 虐待防止の担当者を選任すること
などが事業所の運営規定に追加されています。
このように虐待防止のための対策がとられていますが、介護の仕事は人材不足で、労働環境も良くないせいか、離職率も高いです。
厚生労働省の『令和元年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果 』(*2)によると、虐待が発生してしまう原因は以下の通りです。
☆教育・知識・介護技術等に関する問題 56.8%
☆職員のストレスや感情コントロールの問題 26.4%
☆虐待を助長する組織風土や職員間の関係の悪さ、管理体制等 20.5%
☆人員不足や人員配置の問題及び関連する多忙さ 12.6%
虐待の発生原因から、研修する時間もなく、ストレスが溜まってコントロールもできない職場環境が浮かび上がります。具体的にどの施設が危ないのでしょうか?
2.虐待があった施設・事業所の種別と虐待の内容
調査報告書(*2)によると、虐待があった施設・事業所の種別は以下の通りです。
☆特別養護老人ホーム(介護老人福祉施設) 29.5%
☆有料老人ホーム 27.6%
☆認知症対応型共同生活介護(グループホーム)14.8%
☆介護老人保健施設(*3) 11.2%
これらの施設・事業所で高齢者が受けていた虐待の内容は以下の通りです。
☆身体的虐待 60.1%(殴る蹴る火傷や監禁、拘束など)
☆心理的虐待 29.2% (無視や罵倒など精神的な虐待)
☆介護等放棄 20.0% (水や食事を与えない、掃除をしない等介護をしない)
☆性的虐待 5.4% (本人の同意なくキスや性交渉などを強要する虐待)
☆経済的虐待 3.9% (高齢者の金品の無断使用や勝手な売却などを行う)
特に、虐待されていた高齢者のうち、26.1%が不必要な「身体拘束」を受けていました。
「介護保険」が定めている基準では、「身体拘束」は禁止です。ただし、介護サービスを提供する際に利用者の生命または身体の保護のためやむを得ない場合には、「身体拘束」が認められることもあります。
「身体拘束」をおこなう場合には「切迫性」「非代替性」「一時性」を満たし、慎重に「身体拘束」を行う場合のみに限られます。
また、受けていた虐待の深刻度を5 段階評価で表すと、以下になります。
☆最も軽い「深刻度 1」(生命・身体・生活への影響や本人意思の無視等)55.9%
☆最も重い「深刻度 5」(生命・身体・生活に関する重大な危険)2.5%
さらに、虐待による死亡事例が 4 件もありました。
ある特定の介護施設が危ないという訳でもなさそうです。では、こちら側、入居者や利用者に問題があるのでしょうか?
3.虐待されていた高齢者の状況と認知症の進行度
☆虐待されていた高齢者の性別
女性 69.9%
男性 30.1%
☆虐待されていた高齢者の年代
85~89歳 23.5%
90~94 歳 19.4%
☆虐待されていた高齢者の要介護度
要介護度3 以上 75.8%
(要介護度3は、自力での立ち上がりや歩くことが難しく、認知症による徘徊、妄想、大声や奇声を上げるなどの症状によって日常生活に支障があるため常時対応が必要で、食事や排泄など身の回りのことほぼ全てに介護が必要な状態。)
☆虐待されていた高齢者の認知症日常生活自立度(*4)
認知症日常生活自立度Ⅱ以上 75.8%
☆虐待されていた高齢者で障害高齢者の日常生活自立度(寝たきり度)(*5)
障害高齢者の日常生活自立度A以上 57.5%
認知症が進行して、徘徊や妄想、大声や奇声など自宅介護では限界に達したから施設にお願いしたのに、要介護度3以上だと虐待されやすいなんて、悔しいです。
さらに女性で85歳以上だと、言い換えれば弱くて抵抗できない入居者や利用者が、虐待のターゲットにされやすいということでしょう。
4.「要介護度」や「日常生活自立度(寝たきり度)」と虐待種類との関係
調査報告書(*2)によると、入所系施設で虐待されていた高齢者の「要介護度」と「虐待種別」の関係をみると、「要介護度」が重度になるほど「身体的虐待」の割合が高まる傾向があるそうです。
(この調査報告書では、「入所系施設」は介護保険施設、認知症対応型共同生活介護(グループホーム)、小規模多機能型居宅介護、有料老人ホーム、軽費老人ホーム、養護老人ホーム、老人短期入所施設を指します)
☆身体的虐待
*要支援~要介護1 44.0%
*要介護2 43.9%
*要介護3 60.2%
*要介護4 67.6%
*要介護5 67.6%
☆心理的虐待
*要支援~要介護1 25.3%
*要介護2 31.7%
*要介護3 33.8%
*要介護4 34.9%
*要介護5 19.9%
☆介護等放棄
*要支援~要介護1 22.7%
*要介護2 34.1%
*要介護3 23.8%
*要介護4 16.9%
*要介護5 18.7%
入所系施設で、虐待されていた高齢者の「日常生活自立度(寝たきり度)」と「虐待種別」の関係をみると、「日常生活自立度(寝たきり度)」が低くなり、身体機能が低下するほど「身体的虐待」の割合が高くなります。
☆身体的虐待
*日常生活自立度ランクJ 60.6%
*日常生活自立度ランクA 65.0%
*日常生活自立度ランクB 66.6%
*日常生活自立度ランクC 74.6%
☆心理的虐待
*日常生活自立度ランクJ 27.3%
*日常生活自立度ランクA 32.9%
*日常生活自立度ランクB 31.5%
*日常生活自立度ランクC 17.2%
☆介護等放棄
*日常生活自立度ランクJ 12.1%
*日常生活自立度ランクA 15.7%
*日常生活自立度ランクB 15.4%
*日常生活自立度ランクC 14.8%
「介護度」が高くなり、自宅介護が限界だったからこそ、入所型の施設に介護をお願いしたのに、介護負担が重ければ重いほど「身体的虐待」を受けやすくなるなんて、あんまりです。
5.施設・事業所の種類と虐待の傾向
☆「介護保険施設」や「認知症対応型共同生活介護(グループホーム)・小規模多機能型居宅介護」、「その他入所系」では、高齢者が自宅で生活しながらサービスを受けられる居宅系と比べて「身体的虐待」や「介護等放棄」が含まれる割合が高い。
☆高齢者が自宅で生活しながらサービスを受けられる「居宅系」では、他の施設種別に比べて「心理的虐待」や「経済的虐待」が含まれる割合が高い。
(ここでは「居宅系」とは居宅サービス事業のことで、「訪問サービス」「通所サービス」を指します)
☆経済的虐待
*居宅系 30.6%
*介護保険施設 0.7%
*グループホーム・小規模多機能型居宅介護 3.8%
*その他入所系 3.4%
(ここでは「その他入所系」は有料老人ホーム、軽費老人ホーム、養護老人ホーム、老人短期入所施設を指します)
☆心理的虐待
*居宅系 38.7%
*介護保険施設 29.9%
*グループホーム・小規模多機能型居宅介護 31.0%
*その他入所系 27.0%
☆身体的虐待
*居宅系 30.6%
*介護保険施設 64.7%
*グループホーム・小規模多機能型居宅介護 61.4%
*その他入所系 57.4%
☆介護等放棄
*居宅系 4.8%
*介護保険施設 19.0%
*グループホーム・小規模多機能型居宅介護 19.6%
*その他入所系 24.4%
やはり、入居・入所して介護を受ける施設では「身体的虐待」を受ける可能性が高くなってしまいます。
6.虐待を行ってしまった養介護施設などの従事者の状況
☆調査で虐待が発覚した従事者の年齢
*50~59歳 15.6%
*30~39 歳 15.0%
*30 歳未満 14.9%
*40~49 歳 13.7%
☆調査で虐待が発覚した従事者の職種
*介護職 79.5%
☆調査で虐待が発覚した従事者の性別
*男性 52.3%
*女性 43.2%
上の数値は、虐待に性差が無いようにみえます。しかし、介護従事者全体に占める男性の割合は、 20.5%に過ぎません。にもかかわらず、虐待者に占める男性の割合が 52.3%であることから、虐待をしてしまう人は相対的に男性の割合が高いと言えます。
性別のほかに、男性・女性ともに「30 歳未満」の虐待者の割合が介護従事者全体よりも高い傾向がみられます。
☆30歳未満の男性の場合
*介護従事者全体に占める割合 13.0%
*この調査の虐待者全体に占める割合 27.7%
☆30歳未満の女性の場合
*介護従事者全体に占める割合 6.1%
*この調査の虐待者全体に占める割合 13.6%
☆50歳以上の男性の場合
*介護従事者全体に占める割合 21.0%
*この調査の虐待者全体に占める割合 27.1%
☆50歳以上の女性の場合
*介護従事者全体に占める割合 47.8%
*この調査の虐待者全体に占める割合 48.8%
施設・事業所内で虐待が発生してしまう要因の56.8%が、「教育・知識・介護技術等に関する問題」でした。30歳未満の場合は、特に教育・知識・介護技術等に問題を抱えたまま解決できず、虐待に走ってしまうのではないでしょうか。
また施設では大勢の高齢者が生活しているため、業務をこなすために流れ作業的ケアに陥ってしまう状況があります。業務の効率化から身体拘束が行われたり、業務量や締め切り時間へのストレスから心理的虐待と考えられる事態が発生しているそうです。
入居者や利用者が被害を受けるのと同様に、時間と膨大な業務に追われる職員も、燃え尽き症候群に陥ったり、疲れ果ててしまうなどの影響をうけているはずです。虐待を犯す職員を糾弾するだけでは、問題は解決できないのかもしれません。
入居者や利用者が安心して過ごすことができ、働く職員も生き生きと働ける環境にならないと虐待は消えないのではないでしょうか。
7.市区町村へ高齢者虐待が通報された場合の自治体の対応
令和元年度中、新たに施設・事業所内での高齢者虐待について相談・通報した人数は、 2,642人でした。その中で「虐待が疑われる施設の職員」による相談・通報が最も多くて 628人。通報・相談の23.8%を占めます。
次に多いのが、「虐待を受けている高齢者の家族・親族」で499人。全体の18.9%です。
家族が気づけなくても、入居者さんや利用者さんが虐待を受けているのではと見守って下さったり、同僚の虐待を疑って通報してくださる状況に希望と感謝を感じます。
そして市区町村に高齢者虐待の通報や相談があると、高齢者の安全確認や事実確認のために訪問調査が行われます。(*6)
虐待があった場合には、市区町村が虐待防止・高齢者保護を図るため「介護保険法」が定めている権限を使い、施設等からの報告徴収・立入検査 、地域密着型サービス事業者の監督などを行います。
都道府県も、市区町村と連携しながら高齢者の安全確認と、その他事実の確認を行います。その上で虐待防止・高齢者保護を図るため、虐待の深刻度に応じて以下の対応がとられます。
- 「老人福祉法」による、施設設置者への立入検査、改善命令、事業停廃止命令、認可取消
- 「介護保険法」による、施設等からの報告徴収、勧告、措置命令、指定取消
このように対策が取られているのに、虐待される高齢者が増えています。今、あなたがお母様を預けているホームに問題がないとしても、来月スタッフが2~3人辞めてしまったら、環境が変わってしまいそうです。
そこで次回2月21日のブログでは、家族として気を付けるポイントと虐待を疑った時に相談できる窓口を紹介します。
補注
*1:「高齢者施設虐待、最多60件 千葉県23年度調査 研修で周知、通報数増」千葉日報 2025年2月9日 05:00 https://www.chibanippo.co.jp/news/national/1398439
*2:「令和元年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果 」厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/content/12304250/000708459.pdf
*3:「介護老人保健施設とは、要介護者に対し、施設サービス計画に基づいて、看護、医学 的管理の下における介護及びリハビリテーションその他必要な医療並びに日常生活上の世話を 行うことを目的とする施設。治療とリハビリで自宅での生活を再開できることを目指す。」介護老人保健施設 (参考資料) – 厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000174012.pdf
*4:「認知症高齢者の日常生活自立度とは」健康長寿ネット https://www.tyojyu.or.jp/net/kaigo-seido/kaigo-hoken/ninchi-jiritsu.html
*5:「障害高齢者の日常生活自立度とは」健康長寿ネット https://www.tyojyu.or.jp/net/kaigo-seido/kaigo-hoken/shougai-jiritsu.html
*6:「Ⅳ 養介護施設従事者等による虐待への対応」(参考資料) – 厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/boushi/060424/dl/05.pdf
以上