シニアがこっそり悩んでいる便秘・下痢・便漏れの原因と治療法、さらに便失禁の専門治療ができる病院を紹介!(中編)
5月30日前編では、60代以降に増える下痢や便秘の原因と排便のしくみを解説しました。今回の中編では、恥ずかしさから隠しがちな便漏れの原因と治療法をお届けします。
1.シニアから増加する便漏れ
便漏れはひどく「恥ずかし」くて、同時にウンチを漏らしてしまった自分に心底驚き、自分に自信がもてなくなります。「また便漏れしちゃったら?」と考えると不安が大きくて、ランチや旅行どころか、外出もためらいます。便漏れはご本人にとって驚愕の大事件です。
1992年、大阪府摂津市に住む65歳以上の男女を対象に調査した研究があります。(*1)アンケートに応じた人を38か月間追跡調査し、追跡調査が完了した人は1325人。その結果は、以下の通りです。
●便漏れがある男性は8.7%、女性は6.6%
●日常的に尿漏れと便漏れがある男性は3.4%、女性は2.0%
●男女ともに加齢とともに尿漏れおよび便漏れの有病率が増加
●脳卒中に罹っていると、1日1回未満の尿漏れ・便漏れになる確率が高い
●認知症に罹っていると、1日1回以上の尿漏れ・便漏れになる確率が高い
このように、65歳以上の1割弱の方に便漏れがあり、高齢になるにつれて増えます。なぜでしょうか?
2.便漏れを招く老化と排便のしくみ
神経も老化します(*2)。脳や脊髄から体の端に出て各臓器や筋肉、指先、足先までを支配する神経「末梢神経」が老化すると、神経の信号を伝える速度が遅くなります。
「末梢神経」の中で、脳からの信号を末梢へ伝える運動神経と末梢からの感覚を脳に伝える感覚神経を合わせた「体性神経」が老化すると、反射が低下・消失する、感覚が鈍くなる、筋力が低下する、などがあります。
「末梢神経」の中の交感神経と副交感神経を合わせた「自律神経」が老化すると、気温の上昇に対して、汗をかき難くなります。
さらに、起きている時と寝ている時での内臓の動きが変化しにくくなって、食べたものを消化しにくく、尿意や便意をコントロールでき難くなります。
直腸の知覚も低下します(*3)。通常、S状結腸に溜まった便が直腸に移動すると、直腸の壁が便の移動を脳に伝達し、便意が生じて排便します。
けれど、老化で直腸の感覚が低下すると、S状結腸の便が直腸に到達しても、便意を感じないことが起こります。すると、直腸に便が溜まってしまい、粘液や便汁が気が付かないうちに漏れ出します。
直腸に便があるのに便を排出できない「便排出障害」は、シニアの便漏れで最も多い原因です。
3.シニアの便漏れの主な原因
直腸の知覚低下だけでなく、便漏れの原因は複数ありますが、主な原因は以下の通りです。(*4)
①加齢によるもの:男性も女性も老化により、肛門周囲の括約筋が衰えて、肛門のしまりが緩くなります。それにより便失禁の症状がでます。
②肛門周囲の括約筋あるいは神経の損傷によるもの:出産のときに会陰切開を受けた場合や、痔核、痔瘻などに対する手術、あるいは事故の際に括約筋や括約筋を動かす神経が傷つけられて失禁をおこすことがあります。
③直腸肛門の病気によるもの:直腸が肛門の外にとびだす直腸脱や直腸の中にできる腫瘍などが原因となり、直腸に便を溜めることができなくなった場合。
④直腸癌の手術後におこるもの:直腸癌で直腸を取り除く手術を受けた後にも便失禁がおこります。
⑤ 内科的疾患によるもの:糖尿病、パーキンソン病、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症、強皮症などにより、便意や排便を司る神経に障害が起きた場合に漏れます。
⑥ 便通異常:慢性下痢症を引き起こす過敏性腸症候群(*5)、炎症性腸疾患(*6)、機能性下痢症(*7)などによる場合。
⑦ 溢流(いつりゅう)性便失禁:大量の便が直腸内にとどまり、水分をすっかり抜き取られて石のようにコチコチに固まってしまう糞便塞栓(ふんべんそくせん)(*8)などで便が溜まったところに新たに便が来ると、便失禁が生じます。
4.便失禁の治療方法
便失禁とは、通常の便状態で排便コントロールがうまくいかない状態のことです。とくに自分で便を出さずに留めておこうとしても、便が肛門から漏れ出る状態を指します。この症状は患者さんの気持ちを沈ませ、生活の質QOLを低下させ、家族をも苦しめます。
にもかかわらず長い間、便失禁はある程度仕方のないものとして扱われてきました。2017 年、日本大腸肛門病学会から「便失禁診療ガイドライン」が発行され、やっと便失禁に対する診断と治療法が体系化されました。
病気としてやっと認知され始めた便失禁の治療方法は、手術と手術以外の方法に大別されます。
〇手術以外の治療法
①下痢・便秘になりやすい食習慣を変える:
■食物繊維が多く含まれる食べ物を摂る(特に、果物や芋類、キャベツ、大根、海藻類などに多く含まれる水溶性食物繊維は腸の働きを整えます。煮物やスープなど柔らかく煮て食べるのがお勧め)
■過度な飲酒を控える(1日に何本ものビールを飲むのはNG)
■腸の蠕動運動を刺激するコーヒーなどのカフェイン類や香辛料などの摂取を少なめにする
■動物性脂肪(脂身の多い肉など)を控えめにする
②排便習慣指導:脊髄神経障害やシニアで、直腸の感覚低下のため直腸に便があっても便意がなく、直腸に便が大量に溜まってしまい、「溢流性便失禁」を起こす方に排便を習慣付けるトレーニングです。
③肛門括約筋を鍛える「骨盤底筋体操」:「骨盤底筋体操」によって外肛門括約筋を鍛えると、便意を催してから排便を我慢できる時間が長くなります。その結果、便意を催してからトイレまで我慢ができるようになり、便失禁の頻度を減らせます。
④バイオフィードバック療法(*9):バイオフィードバック療法とはコンピュータとセンセーを使って、上手に肛門をしめていられるかを画面で確認しながら肛門をしめる訓練を行う治療です。
⑤薬剤治療:整腸剤で腸の運動を整えたり下剤で直腸を空っぽにしたりする方法があります。また保険適用ではありませんが、ポリカフボフィル・カルシウムやロペラ・ミド塩酸塩(ロペミン)などのお薬で効果があることがあります。(*10)
⑥油性清浄剤や撥水クリームなどを使用して皮膚かぶれを防ぐ(*11):尿や便に含まれる消化液などは、皮膚にアルカリの刺激を与えます。そのため、尿取りパッドやオムツが尿や便で汚染された状態で長時間経過すると、皮膚のバリア機能が壊れ、かぶれや炎症を起こします。
皮膚のかぶれを予防するには、尿や便が皮膚に付着しないよう、油分を含むおしり拭き(油性清浄剤)や肛門周囲専用の水分を弾いて皮膚を保護してくれる撥水クリームなどを使いましょう。
また、排尿や排便後に皮膚を擦らず、軽く押さえて拭く程度にしたり、弱酸性の洗浄剤で陰部やおしりの皮膚を洗うようにしましょう。
ただし洗い過ぎは禁物で、1日1〜2回程度にとどめておきましょう。
〇手術による治療(*10)
①仙骨神経刺激療法:2014年から日本でも保険で認められた比較的新しい治療方法です。埋め込み式の装置を用いて仙骨神経を刺激することにより便のもれを少なくすることができます。効果があるかどうかをあらかじめ確認してから治療を開始します。
②その他の手術:部分的に欠損している括約筋を縫い縮めたり、太ももの筋肉の一部を肛門の周囲に巻きつけたりする特殊な方法もあります。
「治療すれば必ず治りますか?」という質問に対して、日本大腸肛門病学会はホームページでこう答えていらっしゃいます。(*10)
『治療によってどの程度改善するかどうかは、治療前の便失禁の程度によります。治療前の症状が軽度のものであれば、ほとんど症状がなくなる場合もあります。
しかし、治療前の症状が重度の場合は、治療後も完璧に治ることは困難な場合があります。』
中編はここまでです。
臭くてうんざりする排便ケアはかなり負担が大きいです。けれど、それだけではなく便漏れが重大な病気の徴候という場合もあります。どうか、専門医を受診なさってください。そして、心を削られる排泄ケアが少しでも軽くなって、ご家族みなさまが楽しく暮らせますよう祈ります。
6月13日後編では、「認知症」と「フレイル・寝たきり」による便失禁の対策と、便漏れ用商品、「便失禁の検査/治療ができる病院一覧」を紹介します。
補注
*1:「Urinary and fecal incontinence in a community-residing elderly population: prevalence, correlates and prognosis」Nihon Koshu Eisei Zasshi. 1997 Mar;44(3):192-200. National Library of Medicine https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9175410/
*2:「高齢者の神経系の老化」健康長寿ネット https://www.tyojyu.or.jp/net/kenkou-tyoju/rouka/shinkei-rouka.html
*3:「高齢者の排便障害(便秘、便失禁)の特徴とケアのポイント」慢性期.com https://manseiki.com/news/%E6%8E%92%E4%BE%BF%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E3%81%AB%E5%AF%BE%E3%81%99%E3%82%8B%E6%B2%BB%E7%99%82%EF%BC%8F%E3%82%B1%E3%82%A2%E3%81%AE%E9%87%8D%E8%A6%81%E6%80%A7%E3%81%A8%E7%8F%BE%E7%8A%B6%E3%81%AE%E8%AA%B2
*4:「高齢者の便失禁を考える 」 松井英男 川崎高津診療所紀要 第 4 巻 2 号 2023年 https://www.jstage.jst.go.jp/article/ktsk/4/2/4_223/_pdf
*5:「過敏性腸症候群(IBS)とは、特に消化器の疾患がないにも関わらず、腹痛と便秘、または下痢を慢性的に繰り返す病気です。腸管の運動が異常に亢進し、刺激への反応が過敏 になります」おなかの健康ドットコム https://www.onaka-kenko.com/various-illnesses/large-intestine/large-intestine_06.html
*6:「炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎・クローン病)とは:「免疫」の機能に異常が起こり、大腸粘膜に炎症が生じる炎症性腸疾患の一つです。原因はまだ明らかになっていませんが、遺伝的素因・環境因子(食物や化学物質)、腸内細菌等により何らかの免疫異常が生じて発症することがわかっています。」日本赤十字社医療センター https://www.med.jrc.or.jp/tabid/802/Default.aspx
*7:「機能性下痢は,診断の6カ月以上前に発症して,直近の3カ月間持続している軟便または水様便を特徴とする。」消化管疾患 – MSDマニュアル プロフェッショナル版 https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/01-%E6%B6%88%E5%8C%96%E7%AE%A1%E7%96%BE%E6%82%A3/%E6%B6%88%E5%8C%96%E7%AE%A1%E7%96%BE%E6%82%A3%E3%81%AE%E7%97%87%E7%8A%B6/%E4%B8%8B%E7%97%A2#:~:text=%E6%A9%9F%E8%83%BD%E6%80%A7%E4%B8%8B%E7%97%A2%E3%81%AF%EF%BC%8C%E8%A8%BA%E6%96%AD,%E3%81%82%E3%82%8B%EF%BC%88%E6%84%9F%E6%9F%93%E5%BE%8CIBS%EF%BC%89%E3%80%82
*8:「糞便栓塞: 直腸の排便反射機能が鈍くなったり、便意を我慢しているうちに、大量の便が直腸内にとどまり、水分をすっかり抜き取られて石のようにコチコチに固まってしまうことがあります。これが俗にいう糞詰まりで、医学的には糞便栓塞(せんそく)といいます。 脳出血や脳軟化症の患者や、長期間病床に伏せていて腹筋が弱くなってしまった寝たきり老人などに多く見られます。」くにもと病院 コラム https://kunimoto-hp.com/work/column97/
*9:「バイオフィードバック療法とは」茨城県日立市の肛門科専門病院、川﨑病院 https://www.kawahp.net/bio.html
*10:「便失禁」日本大腸肛門病学会 https://www.coloproctology.gr.jp/modules/citizen/index.php?content_id=18
*11:「失禁関連皮膚炎(皮膚のかぶれ)を予防するケア」 日本創傷・オストミー・失禁管理学会 https://jwocm.org/public/continence/
以上