認知症の昼夜逆転や不安症状に困っているあなたに、最新の治療方法や家庭で出来る対策を紹介します!(前編)
シニアになると睡眠が浅くなるので夜中に目が覚め、その後眠れなくなったりします。うつ病、睡眠時無呼吸症候群、脳卒中、認知症などに罹っているとこの症状がよく現れます。(*1)
さらに夜は眠気がなくても脳の機能が低下します。このため、認知症を患っているとちょっとした刺激に過剰反応して興奮したり、一時的に幻覚を見たりします。(*2)
あるいは眠りに落ちる時や夢うつつで嫌な記憶が蘇ることは誰にでもありますが、認知症を患っていると嫌な記憶を過去のことと認識できず、今まさに起きていることのように感じて、歩き回ったり、騒ぎ立ててしまいます。
認知症の昼夜逆転や不安症状についての最新の治療方法や家庭でもできる対策を前編・後編の2回に分けてお届けします。
1.家族が倒れる前に「認知症疾患医療センター」で診察を受けましょう!
認知症を患うと、 40~60%の方に睡眠障害が現れます。鈴木 貴浩先生によれば、睡眠障害の要因はざっくりと 3 つに分けられるそうです。(*3)
①脳障害が直接、睡眠調節に影響して引き起こされる睡眠障害
②認知症に合併するBPSD(精神症状・身体症状)(*4)による睡眠障害
③外部要因による睡眠の問題
家族からすれば、「寝たはずなのに夜中の2時や3時に起き出す睡眠障害」と考えていても、実は「不安」(*5)や「焦燥」(*6)等の BPSD が睡眠の悪化を引き起こしているのかもしれません。
認知症も中~重症度に進行すると、「夜間せん妄」(*7)による昼夜逆転も高い頻度で起こります。
また「レム睡眠行動異常症(RBD)」(*8)や「むずむず脚症候群」(*9)といった病気を見落として不眠症の薬を服用しても改善されず、かえって転倒・骨折のリスクを増大させ、認知機能障害の悪化を招きます。
以上の理由から、昼夜逆転を単なる睡眠障害と考えず、最初に専門家に診察していただくことをお勧めします。
「認知症疾患医療センター」は、条件を満たした総合病院や大学病院、さらに一般病院・診療所に対して都道府県や政令指定都市が指定する機関です。(*10)
「認知症疾患医療センター」は認知症に関する相談や認知症の詳しい診断を行いますが、さらに行動・心理症状(BPSD)がみられる場合には、治療や入院の受け入れ対応可能な医療機関を確保する役割も担ってくださいます。診断の結果、昼夜逆転などのBPSDの治療に入院が必要となれば、全てお任せできます。
「認知症疾患医療センター」ならば、認知症の種類や状態、生活環境などを把握し、昼夜逆転の原因を特定します。そして薬物療法、非薬物療法(心理療法、環境調整など)を組み合わせ、症状の緩和を図ります。入院中に、日中の活動量を増やし、朝の日光浴、規則正しい睡眠時間など、生活リズムを整えることで昼夜逆転を改善させます。(*11)
明日にでもかかりつけ医の先生に紹介状を書いていただきましょう。万が一、かかりつけ医がいない場合は、お住いの地域包括支援センターにご相談なさってください。
☆認知症疾患医療センターの整備状況について (令和6年12月現在) https://www.mhlw.go.jp/content/001310210.pdf
☆全国の地域包括支援センターの一覧(都道府県のホームページへリンク)《厚生労働省老健局認知症施策・地域介護推進課調べ(令和6年10月時点)》
北海道 | 青森県 | 岩手県 | 宮城県 | 秋田県 | 山形県 |
福島県 | 茨城県 | 栃木県 | 群馬県 | 埼玉県 | 千葉県 |
東京都 | 神奈川県 | 新潟県 | 富山県 | 石川県 | 福井県 |
山梨県 | 長野県 | 岐阜県 | 静岡県 | 愛知県 | 三重県 |
滋賀県 | 京都府 | 大阪府 | 兵庫県 | 奈良県 | 和歌山県 |
鳥取県 | 島根県 | 岡山県 | 広島県 | 山口県 | 徳島県 |
香川県 | 愛媛県 | 高知県 | 福岡県 | 佐賀県 | 長崎県 |
熊本県 | 大分県 | 宮崎県 | 鹿児島県 | 沖縄県 |
2.音楽療法は、不安や周辺症状に対して効果があります
選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)(*12)・抗精神薬(*13)・抗認知症薬(*14)などによる薬物治療は、専門医の診断と指導の下に行われるので、ここでは省きます。
非薬物療法で、認知症のBPSDの「不安」症状などに効果があると認められているのは、音楽療法です。エビデンスとなる論文から結論だけを紹介します。
①ギリシャで60人の認知症患者さんを対象に行った研究(*15)
認知症の種類と病気の段階が違う60人を10人ずつ6つのグループに分け、同じグループに3種類の治療法を順番に受けて頂き、3種類の治療法の効果を比較する研究を実施。
a) 音楽療法、b) 運動療法、c) アロマセラピー&マッサージ療法をそれぞれ5日間ずつ受けて、次の治療法を受ける前に2日間は休みました。
この研究では、最も効果的な治療方法は音楽療法でした。2番目に効果的な治療法は運動療法、3番目はアロマセラピーとマッサージでした。
さらに、介護者の負担も音楽療法によって軽減されました。
②音楽療法が認知症のうつ症状や不安に及ぼす効果を分析するため、関連する文献を可能な限り広く、詳細に探した研究(*16)
分析は614のサンプルを含む19件の論文を対象に行いました。不安軽減への影響を検証した7件の研究では、12週間以内で音楽療法の治療効果が現れ、治療期間が長くなるにつれて効果はより高くなりました。週1回の治療が理想的です。
結論として音楽療法は、認知症患者の抑うつや不安を軽減する可能性があります。週に1回、45分以上の短時間の治療は、感情のコントロールに効果的です。
③認知症、うつ病、不眠症、統合失調症等に対する音楽療法の効果について、基準を満たした研究論文を網羅的に収集・分析し、その結果を系統的にまとめた研究の最新版(*17)
対象者を無作為にグループ分けし、音楽療法の効果を検証した研究を探した結果、参加者1,248人、10件の研究が基準を満たしました。
その結果、認知症では、音楽療法は幻覚、錯覚、暴力、不安、うつなどの神経精神症状、無関心、コミュニケーション、身体機能に好影響を与えました。BPSD(行動/心理的症状)は重度のアルツハイマー病でのみ改善し、記憶と言語の流暢性は軽度のアルツハイマー病でのみ改善しました。
4件の研究のうち1件で、認知症の認知機能が改善しました。認知症には、音楽を演奏する能動的な方法と音楽を聴くだけの受容的な方法の両方が用いられました。
これらの研究結果は、音楽療法が患者さんの身体的・精神的健康の改善に役立つことを示しています。
3.運動リハビリは身体能力の向上だけでなく、不安を含む神経精神症状も改善します
一見無関係に思える運動や散歩などのリハビリも、不安症状などを改善します。エビデンスとなる論文から、結論を紹介します。
①複数の研究結果を統計的に解析した結果、運動療法が認知症によって引き起こされる、幻覚、妄想、抑うつ、不安、興奮、徘徊、不眠、食欲不振など、様々な精神症に有効と判明 (*18)
7つのデータベースを検索し、条件を満たす17件の研究(対象者1344人)を解析しました。結果は、運動療法が認知症の神経精神症状に有効であることを示しました。
具体的に、中頻度(週3回)の運動療法は認知症によって引き起こされる、幻覚、妄想、抑うつ、不安、興奮、徘徊、不眠、食欲不振などにプラスの効果があり、低頻度(週1~2回)または高頻度(週4~7回)ではプラスの効果はありませんでした。
運動療法は、軽度認知症および中等度認知症の幻覚、妄想、抑うつ、不安、興奮、徘徊、不眠、食欲不振などに有効でしたが、重度認知症には有益な効果をもたらしませんでした。
②運動療法が認知症患者の幻覚、妄想、抑うつ、不安、興奮、徘徊、不眠、食欲不振など、様々な精神症状の改善に有効かどうかを既存の論文を網羅して解析した研究(*19)
2016年から2021年に発表された8つのデータベースから基準を満たす7件の試験を含む8件の論文を解析しました。複数の無作為に選んで比較する試験では、一貫した結果が報告されていませんでした。
けれどある試験では、特に有酸素運動が神経精神症状、つまり認知症によって引き起こされる、幻覚、妄想、抑うつ、不安、興奮、徘徊、不眠、食欲不振など、様々な精神症状を改善する可能性があることが示されました。
有酸素トレーニングを16週間行った後には、このトレーニングを行ったグループのみ、認知症によって引き起こされる、不安、興奮、徘徊、不眠など、様々な精神症状が軽減されました。
有酸素運動のBSPDへの影響を分析した試験は1件のみであったため、確固たる証明とは言えません。けれど、有酸素運動が認知症の幻覚、妄想、抑うつ、不安、興奮、徘徊、不眠、食欲不振などを減らすのに効果的である可能性があり、今後のさらなる研究がまたれます。
③身体活動と音楽療法を併用した治療が、アルツハイマー病の認知機能や精神機能などを改善するか、従来の論文を広くあたって解析した研究(*20)
2002年1月から2022年3月までに出版された論文から基準を満たす8件の研究を検討しました。
これまでの研究では、音楽療法が様々な神経疾患や精神疾患の臨床に応用できることが証明されています。さらに、身体活動と音楽療法を組み合わせることで、アルツハイマー病患者に心拍数、皮膚伝導率、運動パターン、神経内分泌反応、免疫機能の改善など、大きなメリットがもたらされます。
最近の研究では、身体運動と音楽療法を同時に実施した場合、身体運動はアルツハイマー病患者に良い効果を示しましたが、音楽療法単独では良い効果は発見されていないことが検証されています。
以上のように評価が定まっていない運動療法ですが、特に音楽療法との併用は試してみる価値がありそうです。「運動療法と音楽療法を受けたい」とケアマネジャーに相談なさってみてはいかがでしょうか?
前編はここまでです。6月27日後編では、家庭でできる対策を紹介します。
補注
*1:「中途覚醒(ちゅうとかくせい):夜中に目が覚め、その後眠れない状態。うつ病、睡眠時無呼吸症候群、脳変性疾患(脳卒中、痴呆など)などでは多く発現する。高齢者では睡眠が浅くなるため、中途覚醒が出やすくなる。また、アルコールを飲むと寝つきがよくなるが、睡眠は浅くなり、中途覚醒および早朝覚醒が出やすくなって、睡眠全体の質は低下する。」 睡眠用語辞典 スイミンネット https://www.suimin.net/words/ta/chuutokakusei.html
*2:「認知症の人が眠ってくれない、昼夜逆転するのを防ぐ方法は?」医療情報メディア【medicommi】https://medicommi.jp/107673?utm_source=chatgpt.com
*3:「認知症患者の睡眠の問題と対応」(「日常診療で役立つ睡眠学の知識」)鈴木貴浩 、金森正、金野倫子、鈴木正泰、日大医誌 79 (6): 349–352ページ (2020年)https://www.jstage.jst.go.jp/article/numa/79/6/79_349/_pdf
*4:「認知症の周辺症状(BPSD)とは」健康長寿ネット https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/ninchishou/shuhen.html
*5:「「行動・心理症状(BPSD)」の種類:不安、抑うつ:認知症になり、様々な認知機能が落ちてくると、日常生活に支障が出てきます。できないことが増えることから、気分が落ち込む(抑うつ)状態が見られることがあります。介護する側は、本人の不安をあおるような言動はしないよう努めることが大切です。」認知症の中核症状と行動・心理症状(BPSD/周辺症状) 認知症ねっと https://info.ninchisho.net/symptom/s10#id5-1
*6:「認知症では、脳の病的な変化や病気などによる脳の障害により脳の細胞が壊れます。その脳の細胞が担っていた役割が失われることで起こる症状を「中核症状」と言います。一方、中核症状によって引き起こされる二次的な症状を「行動・心理症状」や「周辺症状」と言います。BPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)という略語も使われています。今まで出来ていた事ができなくなると、落ち込みやすい性格の方の場合「不安」の行動・心理症状が出てくることもあります。また、自分に厳しく「何故出来ないんだ」と自分を追い込むような性格の方だと「焦燥(焦り・怒り)」に変わる場合もあります」認知症ねっと https://info.ninchisho.net/symptom/s10#id5-1
*7:「夜間せん妄:せん妄が夕方から夜間にかけて起こることを「夜間せん妄」といいます。夜間せん妄を発症すると、現実と虚構の区別がつきにくくなり、幻視、興奮、不安、行動の乱れなどの症状が見られます。
原因としては感染症や発熱、脱水、薬物の副作用などが挙げられ、これらが取り除かれると症状が軽減。また、アルツハイマー型認知症や、レビー小体型認知症の進行とも関連がありますが、手術後の高齢者にも見られることがあります。」認知症とBPSDとは?対応方法や治療・施設選びについて解説 笑がおで介護紹介センター https://www.egao-kaigo.jp/info/734/
*8:「レム睡眠行動異常症(RBD):レム睡眠行動障害は、このレム睡眠中に無意識のうちに大声で寝言や奇声を発したり、殴る蹴るといった暴力的な動きをしたりする病気です。 時には、隣の人をたたいたり、ベッドから転落したり、夜中に歩き回ったりして問題になります。」レム睡眠行動障害(RBD)(症状・原因・治療など)https://doctorsfile.jp/medication/553/#:~:text=%E3%83%AC%E3%83%A0%E7%9D%A1%E7%9C%A0%E8%A1%8C%E5%8B%95%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E3%81%AF%E3%80%81%E3%81%93%E3%81%AE%E3%83%AC%E3%83%A0%E7%9D%A1%E7%9C%A0%E4%B8%AD%E3%81%AB,%E3%81%AB%E3%81%AF%E3%80%81%E9%AB%98%E3%81%84%E9%A0%BB%E5%BA%A6%E3%81%A7
*9:「むずむず脚症候群:レストレスレッグス症候群(restless legs syndrome:RLS)」は“むずむず脚症候群”“下肢静止不能症候群”とも呼ばれ、主に下肢に不快な症状を感じる病気です。」レストレスレッグス症候群ってどんな病気? – 大塚製薬 https://www.otsuka.co.jp/health-and-illness/restless-legs-syndrome/about/#:~:text=%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%B0%E3%82%B9%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4%EF%BC%88restless,%E7%97%87%E7%8A%B6%E3%82%92%E6%84%9F%E3%81%98%E3%82%8B%E7%97%85%E6%B0%97%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82
*10:「5人に1人は認知症になるらしいから、認知症疾患医療センターで検査を受けよう!(1/3)」絆と癒し.com https://kizuna-iyashi.com/2024/09/20/homemade-288/
*11:「BPSDに対する作業療法 – 秋田県認知症疾患医療センター」秋田県立リハビリテーション・精神医療センター https://mcd.akita-rehacen.jp/cms/wp-content/uploads/2024/10/seminar4BPSD-OT.pdf
*12:「選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI):新世代の抗うつ薬のうち、セロトニン神経に選択的に働き、シナプス間隙に放出されたセロトニンの再吸収を阻害し、濃度を高めることにより抑うつ状態の改善を促す薬物。うつ症状、病気としての不安の改善を目指す。2009年5月現在、日本国内で100万人以上が使用していると推定される。」 公益社団法人日本薬学会 https://www.pharm.or.jp/words/word00091.html
*13:「抗精神薬:BPSD の治療では抗精神病薬の使用は適応外使用になる。基本的には使用しないという姿勢が必要。向精神薬、特に抗精神病薬については処方に際し十分な説明を行い同意を本人およびあるいは代諾者より得るようにする。」厚生労働省 認知症の行動・心理症状に対する薬物療法の進め方 https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000036k0c-att/2r98520000036k1t.pdf
*14:「抗認知症薬:認知症の進行を遅らせるお薬が処方できるようになったのは、1999年のドネペジルが最初になります。その後2011年になり、メマンチン、ガランタミン、リバスチグミンが相次いで使えるようになりました。いずれもアルツハイマー型認知症の進行を遅らせるのが主な作用です。」抗認知症薬がたくさんでていますが、ドネペジル・メマンチン・ガランタミン・リバスチグミン、それぞれどのような違いがありますか? 国立長寿医療研究センター https://www.ncgg.go.jp/dementia/cure/027.html
*15:「Non-Pharmacological interventions for the anxiety in patients with dementia. A cross-over randomised controlled trial」2020 Jul PMID: 32428636 DOI: 10.1016/j.bbr.2020.112617 National Library of Medicine
*16:「Does music intervention relieve depression or anxiety in people living with dementia? A systematic review and meta-analysis」2023 May 27 MID: 37243671 DOI: 10.1080/13607863.2023.2214091 National Library of Medicine
*17:「Effectiveness of music therapy for autism spectrum disorder, dementia, depression, insomnia and schizophrenia: update of systematic reviews」2022 Feb PMID: 34595510 PMCID: PMC8846327 DOI: 10.1093/eurpub/ckab042 National Library of Medicine
*18:「Exercise interventions ameliorate neuropsychiatric symptoms in dementia: A meta-analysis」Volume 24, March 2023, 100496 Health and Physical Activity
*19:「The effects of exercise programs on cognition, activities of daily living, and neuropsychiatric symptoms in community-dwelling people with dementia—a systematic review」Published: 22 July 2022 14, Article number: 97 (2022) Alzheimer’s Research & Therapy
*20:「Exploration of combined physical activity and music for patients with Alzheimer’s disease: A systematic review」Volume 14 – 2022 | https://doi.org/10.3389/fnagi.2022.962475 Front. Aging Neurosci.
以上