体に栄養を、心に慰めをもたらす、ホスピス料理長の話『人生最後の食事』を紹介します!

体に栄養を、心に慰めをもたらす、ホスピス料理長の話『人生最後の食事』を紹介します!

体に栄養を、心に慰めをもたらす、ホスピス料理長の話『人生最後の食事』を紹介します!(ハンブルクの名物料理ラプスカウス)

ドイツの有名なテレビ・ジャーナリスト、デルテ・シッパー氏(Dorte Schipper)が、一流レストランで働いていたシェフがハンブルグのホスピスで、死を目の前にした入居者さんたちのために料理を作る毎日を取材した本が『人生最後の食事』です。死も近い入居者さんが希望する、それぞれの人生の思い出の味を再現しようとするシェフと、ホスピスに入居してきた様々な立場の人々とそれを取り巻く家族模様。ホスピスでの人生最後の食事を丹念に描いたこの本を、紹介します。

『人生最後の食事』デルテ・シッパー著、川岸史(かわぎし・ふみ)訳、2011年8月発行、発行所:株式会社シンコーミュージック・エンタテイメント、定価1,200円+税、ISBN978-4-401-63592-4

本の大きさは、縦19㎝弱、横13㎝弱、厚さ1.8㎝弱で263ページです。ただ、縦書き1列ですが文字のフォントが、新聞の文字よりも小さい気がします。

内容は、「はじめに」「第一章~第十一章」「エピローグ」に分かれています。このシェフが注文を受けた思い出のドイツの家庭料理を試行錯誤を繰り返しながら作る様子と、その料理を注文した入居者さんの物語や付き添う家族やパートナーとの絆が描かれます。

体に栄養を、心に慰めをもたらす、ホスピス料理長の話『人生最後の食事』を紹介します!(ドイツ家庭料理アイントプフ)

体に栄養を、心に慰めをもたらす、ホスピス料理長の話『人生最後の食事』を紹介します!(ドイツ家庭料理アイントプフ)

ホスピスの食事には複雑な事情や、何重もの意味があることがしだいにわかってきた。ほんの少しのスクランブルエッグが、そのときの精神状態しだいで、生きる希望の最高峰になったり、死への恐怖を引き起こしたりする。ループレヒト(シェフの名前)は毎日後悔しないよう、責任感を持って仕事をしている。「料理人としてではなく、人間として修行を積めればいいなと」』(第五章147ページより引用)

ドイツ最大の歓楽街、「世界で最も罪深い1マイル」などと称される背徳に満ちたレーパーバーン(*)からほんの数百メートル離れたところに設立されたホスピス「ロイヒトフォイヤー(灯台の光)」は、デルテ・シッパー氏の取材時で創立11年受け入れ可能な入居者は11人で、余命は平均2週間程度。ロビーに掲げられたこのホスピスのモットーは「人の寿命を延ばすことはできないが、一日を豊かに生きる手伝いはできる

穏やかで、落ち着いた声で話すスポーツマンタイプの46歳、シェフのループレヒトさんは、このホスピスのモットーを自身の血肉として働いています。

体に栄養を、心に慰めをもたらす、ホスピス料理長の話『人生最後の食事』を紹介します!(ドイツ風アップルケーキ)

体に栄養を、心に慰めをもたらす、ホスピス料理長の話『人生最後の食事』を紹介します!(ドイツ風アップルケーキ)

だから、救急車で運ばれてくる入居者さんの個室には、歓迎を表す両腕を広げたテディベア型の小さな手作りケーキと花束。朝食に時間指定はなく、半熟卵、チーズ、果物、スライスハムにパンと品数豊富で選び放題。新鮮なフルーツやヨーグルトで作ったビタミンジュースをグラスに注ぎ、シェフが毎朝十時半頃に各部屋に届けます。同時にその日の献立を伝えて、「食べたい料理は他にありませんか?」と入居者さんのご希望を尋ねます。

『「シェフとしてできる限り皆の希望を叶えることで、安心感を与えられると思うんです。おいしいものを食べて幸せだと感じてもらうことで、精神的にも肉体的にも元気になってもらいたいですね。患者さんたちはベッドに寝たきりだからといって価値がないわけじゃないし、車イスにのっているからといって何もできないわけじゃない。僕はここにいる人たちの尊厳を守る手伝いがしたいんです」』(第二章64ページより引用)

白い食器に赤いナプキンが食堂のテーブルに用意され、部屋で食べる人たちのために料理を運ぶ台車も準備されています。

体に栄養を、心に慰めをもたらす、ホスピス料理長の話『人生最後の食事』を紹介します!(ルバーブ)

体に栄養を、心に慰めをもたらす、ホスピス料理長の話『人生最後の食事』を紹介します!(ルバーブ)

例えば、ある日のお昼は『「フレッシュハーブのソースをかけた野菜のグラタンとグリーンサラダです。ベジタリアンメニューですね。肉を食べたい方には七面鳥のメダイヨンをご用意しています。デザートにはアイスを添えたいちごとルバーブのコンポート。昨日、シーズン出始めのいちごを買ったのと、バニラアイスを作ったので。お口に合うといいのですが」』(第四章129ページより引用)

三時のおやつは、毎日焼き上げる手作りの絶品ケーキ、例えばラズベリーとフレッシュチーズのケーキ。またある日の夕食は、牛肉と野菜を巻いたトルティーヤラップ、卵サラダとキッシュロレーヌ、パンとチーズの盛り合わせ、生ハム、ラディッシュ、キュウリ、オリーブ・・・。にもかかわらず食費は入居者1人あたり1日7ユーロ(1,000円弱)です。

彼は朝から晩まで、まもなく世を去る人と、大切な人を失う人のために、幸せになれる食事を作っている。食事は体に栄養を送りこむだけでなく、心のなぐさめになってくれるものだ。世話をする側が心身ともにエネルギー補給して席を立てば、それが患者のためにもなる。そんなシーンをもうずっと前からみてきた。』(第三章88~89ページより引用)

体に栄養を、心に慰めをもたらす、ホスピス料理長の話『人生最後の食事』を紹介します!(スウェーデンカブ)

体に栄養を、心に慰めをもたらす、ホスピス料理長の話『人生最後の食事』を紹介します!(スウェーデンカブ)

例えば、75歳のレナーテさんは末期の肺がんで、52歳の長女ウルリーケさんの介護で自宅療養していましたが、病状が急変。入院し、主治医との話し合いでこのホスピスに転院。このレナーテさんがシェフに恐る恐る注文した料理が、スウェーデンカブのポタージュスープでした。スウェーデンカブと玉ねぎをブイヨンで煮込み、脂が溶けだしたベーコンをほんの少し入れた質素なポタージュスープ。

スウェーデンカブは、スウェーデンが原産で非常に貯蔵性が高く、北欧では芋類や穀物などが底をついてから食べる食材だったそうです。ドイツでは第一次世界大戦時に他国からの食料輸入が閉ざされ、ひどい凶作も重なり数十万人もの餓死者が出ました。その時に栽培が奨励されたのが、栽培しやすく貯蔵性が高いこのスウェーデンカブだったそうです。

野菜としての美味しさではなく、栽培のしやすさと貯蔵性の高さで重宝されたスウェーデンカブ。日本で例えれば、第二次大戦中のサツマイモみたいな野菜です。末期の肺がんで75歳のレナーテさんがスウェーデンカブのポタージュスープをお願いすることは、一流シェフにサツマイモの味噌汁を頼むような感じでしょうか?

そう、レナーテさんはかって、毎週土曜日は家の掃除を終えたあとの昼食にスウェーデンカブのポタージュスープを作って食べていたのだそうです。そして、レナーテさん母娘の絡み合った糸がすこしずつ解けていきます。

1960年代初頭のドイツではシングルマザーは陰口の対象だった。だからこそ、レナーテさんは事務員として懸命に働き、娘のウルリーケさんと弟を厳しく育て、生活費を切り詰め、子どもたちの洋服は全て手で縫いあげて”まともな”家庭の子どもたちに負けない清潔な格好をさせた・・・

体に栄養を、心に慰めをもたらす、ホスピス料理長の話『人生最後の食事』を紹介します!(スウェーデンカブのポタージュスープ)

体に栄養を、心に慰めをもたらす、ホスピス料理長の話『人生最後の食事』を紹介します!(スウェーデンカブのポタージュスープ)

『レナーテは皿の上にかかったカバーを慎重に外すと、すぐにスウェーデンカブのポタージュに目がいった。ほのかに黄みがかっていて、新鮮なパセリのみじんぎりがのっていた。きれいな盛りつけだ。

「見た目は素朴ですが、精魂こめて作ってありますから」。(中略)慎重に口に運び、ゆっくり咀嚼する。用心深く飲みこみ、もう一度味わう。納得したように「最高だわ!」。一口食べてそう評価した。「すごくおいしい!私でもここまでおいしく作れないわ。理想の味よ」(中略)

レナーテは興奮しきり、恍惚としている。今日はもうむりでも、明日でもいいから、絶対にもう一杯飲もうと思った。一度冷めて、温め直したポタージュはもっとおいしくなる。』(第二章79~80ページより引用)

こうしてレナーテさんはホスピスに入居してから変わり始めます。何年も新しい洋服を買わなかった彼女が「おしゃれでカラフルで安っぽくない」セーターを買ってきてと娘さんに頼んだり、長年の夢だったホルスト・ヤンセンの絵を購入してホスピスの部屋に飾ったり。

きっと母はまだ元気だったころから、この二つだけじゃなくてもっとたくさんほしいものがあったんですよ。でも母はなぜかいつも楽しいことを自分に禁じていた。死を前にしてようやく、こういうささやかな幸せを自分に許し、いくらか優しい人間になったわけですが、その理由をずっと考えています。このことについて二人で話したいです。それができたら、もっと心が軽くなるかもしれないのに」』(第六章167ページより引用)

体に栄養を、心に慰めをもたらす、ホスピス料理長の話『人生最後の食事』を紹介します!(アルスターヴァッサー、ビールとレモネードのカクテル)

体に栄養を、心に慰めをもたらす、ホスピス料理長の話『人生最後の食事』を紹介します!(アルスターヴァッサー、ビールとレモネードのカクテル)

そして、レナーテさんとウルリーケさんの絆はこういう形で結ばれます。

死の二週間前、母が不思議な行動をとった。「二日間ほどつづきました。小さな客用タオルを持ってベッドに寝て、何時間もそれを折りたたんでは裏返していました。そしてようやく、ずっと父のことを愛していたと白状しました」

母の容体が良くなるきざしではと喜んでいたが、ある木曜日の晩、母に言われた。「ウルリーケ、なんだか眠いの。私はもう寝るから、あんたは家に帰りなさい」レナーテは一人で死ぬことを望んだ。

母の死後、ウルリーケはアメリカの荷物を引き上げてハンブルクに戻った。』(エピローグ261ページより引用)

「死ぬ瞬間を一人にするな」と妻に懇願する夫がいれば、死に臨んで娘を帰宅させる母親もいます。生き方も死に方も人それぞれで、絆の結び方もそれぞれと『人生最後の食事』は教えてくれます。

体に栄養を、心に慰めをもたらす、ホスピス料理長の話『人生最後の食事』を紹介します!(ドイツ料理のダンプリング)

体に栄養を、心に慰めをもたらす、ホスピス料理長の話『人生最後の食事』を紹介します!(ドイツ料理のダンプリング)

*レーパーバーン:ハンブルクはドイツ屈指の港湾都市で、長い航海を経た船員が上陸する港町だったため、ザンクトパウリ地区にある歓楽街レーパーバーンで風俗産業が発展した。また、この地には多くの合法・非合法的な移民が居住し、小規模な中華街も形成された。アドルフ・ヒトラー率いるナチス(国民社会主義ドイツ労働者党)が政権を掌握後、ドイツ民族の純潔を汚す地帯とみなし、非合法移民への厳しい取り締まりと風俗産業への厳しい締め付けが行われた。第二次世界大戦後、ファシズムによる統制から脱したレーパーバーンは、レストラン、クラブ、ストリップ、ビデオ店、大人向けの道具屋などが軒を並べ、一角には「飾り窓」地域が存在する。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%B3  )

☆『人生最後の食事』https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784401635924

☆シンコーミュージック・エンタテイメント https://www.shinko-music.co.jp/

以上

体に栄養を、心に慰めをもたらす、ホスピス料理長の話『人生最後の食事』を紹介します!(ドイツ冬野菜グリュンコールとソーセージの煮込み)

体に栄養を、心に慰めをもたらす、ホスピス料理長の話『人生最後の食事』を紹介します!(ドイツ冬野菜グリュンコールとソーセージの煮込み)

Follow me!