元気な団塊世代に読んで頂きたい『ご飯がたべられなくなったらどうしますか?

元気な団塊世代に読んで頂きたい『ご飯がたべられなくなったらどうしますか?』

元気な団塊世代に読んで頂きたい『ご飯がたべられなくなったらどうしますか?』(青山 伊知郎によるPixabayからの画像)

新型コロナウイルス「第8波」のピークアウトが近づいているようですが、コロナで亡くなられた方の68%が80代以上です。(厚生労働省データからわかるー新型コロナウイルス感染症情報―)まだまだお元気な団塊世代の先輩方に、この本を読んで頂きたくて紹介します。

ご飯がたべられなくなったらどうしますか?―永源寺の地域まるごとケア』著者:文・花戸貴司(はなと・たかし)、写真・國森康弘(くにもり・やすひろ)、2015年3月初版、発行所:農山漁村文化協会、定価1,800円+税、ISBN978-4-540-14249-9

元気な団塊世代に読んで頂きたい『ご飯がたべられなくなったらどうしますか?』

元気な団塊世代に読んで頂きたい『ご飯がたべられなくなったらどうしますか?』(Ronald PlettによるPixabayからの画像)

本の大きさは、縦21㎝、横15㎝弱、厚み1.8㎝。少し重いです。理由は、著者に写真家國森康弘氏の名前があるように、彼が撮影した永源寺のご高齢のみなさんのモノクロ写真が多数掲載されているからでしょう。写真のページは、紙も少し厚いです。ページ数は、220ページ。残念なことに、活字は小さいです。つまりこの本は、通勤時間に気軽に読める形状ではありません。

内容も、実用物でもノウハウ物でもありません。どちらかと言えば、おとぎ話です。

元気な団塊世代に読んで頂きたい『ご飯がたべられなくなったらどうしますか?』

元気な団塊世代に読んで頂きたい『ご飯がたべられなくなったらどうしますか?』(KevによるPixabayからの画像)

この物語の舞台、永源寺地域は滋賀県の南東部、三重県との県境にあります。琵琶湖の源流のひとつである愛知川が流れ、永源寺の奥の集落は鈴鹿国定公園となっています。ここには「21世紀に残したい日本の自然100選」に指定された群生林や、特別天然記念物の鳥獣類、昆虫類など貴重な生き物たち1,800余種が生息・生育しています。自然豊かな山々の中に永源寺地域の集落が点在しています。

一方、永源寺地域の人口は5,800人、高齢化率が30%を超える山間農村地域です。著者の花戸貴司氏は小児科医で、滋賀医科大学付属病院等で勤務していましたが、2000年から永源寺診療所で診察に携わっています。一番遠い集落は診療所から20㎞も離れていますが、往診も行う「Dr.コト―」のような花戸先生です。

この花戸先生が、病院のメディカル・ソーシャル・ワーカーさん、訪問看護師さん、薬剤師さん、ヘルパーさん、ボランティアさん、お坊さんたちと地域包括ケアを実践しています。

元気な団塊世代に読んで頂きたい『ご飯がたべられなくなったらどうしますか?』

元気な団塊世代に読んで頂きたい『ご飯がたべられなくなったらどうしますか?』(KevによるPixabayからの画像)

たとえば、「第一章 病気が治らなくても元気に暮らす人たち」では、進行中の肝臓がんを抱え診療所で治療を受けながら川釣りを楽しむ男性や、重度の認知症でもヘルパーさんやご近所さんに支えられながら愛犬テツと一緒に暮らす女性が登場します。

病気が治らなくて病院を退院してきたけど、死ぬために帰ってきたんじゃない。今のうちに自分でできることをするために帰ってきたんだ。(後略)』(P23より引用)の言葉が心に染みます。

元気な団塊世代に読んで頂きたい『ご飯がたべられなくなったらどうしますか?』

元気な団塊世代に読んで頂きたい『ご飯がたべられなくなったらどうしますか?』(PixamioによるPixabayからの画像)

第二章 なぜ自分らしい死を迎えられるのか?」では、花戸先生が地域包括ケアを実践できる背景が語られます。小学校で行われる「いのちの授業」や三世代・四世代が同居する大家族の自宅で臨終を迎え、孫やひ孫に「命のバトン」を渡している永源寺地域のご高齢の方たち。「お互いさま」だからと、診察の順番待ちの時間に診療所の庭の草むしりをする患者さん。

花戸先生はこうおっしゃいます。『高齢化率の高い農村部で、地域の人たちが安心して暮らせているのは理由があるのだ。田舎ならではの祭りや普請、あるいは近所付き合いが煩わしくて、都会に移り住んだ人もいるだろう。しかし、田舎に住み続けた人たちは、そのようなお金では表わしにくい「互助」を、煩わしさとひきかえに蓄えてきたのだ。歳をとって身体が不自由になって誰かの支えが必要になったら、積み立ててきた「互助」を使って生活をやりくりする田舎の人にとってはごくごく自然な、お互いの生活を維持するシステムなのである。(後略)』(P202より引用)

都市部の集合住宅では、お隣りも知りません。「互助」システムが欠落した環境に住んでいるから、永源寺地域の物語をおとぎ話に感じるのかもしれません。

元気な団塊世代に読んで頂きたい『ご飯がたべられなくなったらどうしますか?』

元気な団塊世代に読んで頂きたい『ご飯がたべられなくなったらどうしますか?』(Martin WinklerによるPixabayからの画像)

第三章 住み慣れた家で最期を迎えるために」では、花戸先生の地域包括ケアを担うメンバー、病院のメディカル・ソーシャル・ワーカーさん、訪問看護師さん、薬剤師さん、ヘルパーさん、ボランティアさん、お坊さんたちの活躍が描かれています。

特に驚いたのは、お坊さんです。『この地域では今でも、普段からお寺と自宅の往来がある。常々、住職から、仏さまのお育てによって、命を終えれば、必ずお浄土へお参りさせて頂けるということを聞いており、臨終に際しては、これまでの「お育て」に感謝し、「お浄土へ参らせて頂きます」と仏さまに挨拶申し上げる。(後略)』

地域名に寺院の名前を頂くだけあって、永源寺地域には信仰が今も息づいています。だからこそ、地域包括ケアを担うメンバーのなかにお坊さんがいらっしゃるのでしょう。

元気な団塊世代に読んで頂きたい『ご飯がたべられなくなったらどうしますか?』

元気な団塊世代に読んで頂きたい『ご飯がたべられなくなったらどうしますか?』(Johnny_pxによるPixabayからの画像)

第四章 永源寺の「地域包括ケア」の歩み」の「今、皆さんに伝えたい」で花戸先生はこうおっしゃっています。

あなたの想いを聴いてくれる人がいますか?

あなたの希望を言葉にしていますか?

かかりつけ医というものは、診察室で血圧を測ったり、胸の音を聴いたり、薬を処方することだけが仕事ではない。元気な頃も、病んでいるとき、そして老いを迎えても、その人の人生に寄り添うことも役割としてあるはずである。

自分自身の人生だから、どのような人生を送りたいのか、そして人生の最終章はどのように迎えたいのか、自分自身で決めてもらいたい。(後略)』(P205~206より引用)

都市部に暮らしていて、永源寺のような地域包括ケアを受けることは難しいでしょう。けれど、終末期に過剰な点滴投与を受けてしまい、むくみや胸水・腹水で胸の痛みや吐き気に苦しむことがないように、ご自身の最終章を考えてはいかがでしょうか?

以上

元気な団塊世代に読んで頂きたい『ご飯がたべられなくなったらどうしますか?』

元気な団塊世代に読んで頂きたい『ご飯がたべられなくなったらどうしますか?』(Andy M.によるPixabayからの画像)

 ☆田舎の本屋さん(農山漁村文化協会)書誌詳細情報 「ご飯が食べられなくなったらどうしますか?」https://shop.ruralnet.or.jp/b_no=01_54014249/

☆花戸貴司先生(東近江市永源寺診療所)https://eigenji-clinic.jp/about/

☆國森康弘 Yasuhiro KUNIMORI @ 國森写真事務所  https://kunimorifoto.net/profile

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