何十回も同じ質問を繰り返すのは、認知症の不安が膨れあがって、不安に踊らされているのかも?!(前編)
「今日はどこに行くの?」とか「お迎えは何時?」と数分おきに何十回も同じ質問を繰り返すことはありませんか?認知機能の低下で直前の出来事を覚えられないこともありますが、あまりに頻度が高い場合は不安にかられている症状です。その「不安」がさらに募ると、ほかの行動・心理症状(BPSD)を誘発するきっかけとなります。では、どうすれば良いのでしょうか?前編・中編・後編の3回に分けて対応方法を紹介します。
1.「不安」が生まれるご本人の気持ちとは
『認知症の人と家族の会』(*1)の体験談も読めるホームページが、『認知症フォーラム.com』(*2)です。認知症のご本人が「不安」に苛まれる実例として、このホームページの特集「当事者シリーズ「認知症と言われて」~本人・家族が語る 日々の暮らし~<シリーズ1> 」(*3)からNさん母娘の会話の一部を紹介します。
Nさんの発症までの略歴:
Nさんは40年間小学校の音楽主任として教壇に立ち続け、晴れて定年退職。退職の3年後に若年性認知症と診断されます。ご主人はすでに他界していて、1人暮らし。同じマンションの違う階に長女Mさんご一家が住んでいます。
動画中のNさん母娘の会話:
(途中から)Nさん『長女と仲が悪いし、自分が認知症という病気やのに信じられへん。病院行ったりしたけどね。長女が大事にしてくれるのはわかってんにゃけど、”なんで私が認知症?”って言うのがものすごく強かったわ。”なんでそんな病気になったん?”っていう感じやね。(中略)私は悪いこともしてへんしね、ただ寝てただけよね。普通に生きとった。』
Nさんは、がんばって良かれと思ってやってることが全て怒られる日々で、その怒りを日記に書くようになりました。
日記の内容:「あーあ、アホ!アホ!と言われ、怒られ、イヤな1日やった」
「クソッタレ」
「長女、アホアホ、クソタレ!」
「私のこずかい、40年かかって手にしたお金、長女がみんなもっていった!からっぽ なんでやねん!」
「さみしい1日だった。生きるってむつかしいし、イヤになってきた。お金もない。長女め、またつかいこみやがった。もうどうにでもなれ。首つろうかなー」
「乳がんけんしんに行った。さみしー1日だった。ひとこともしゃべらず」(中略)
「長女のいかり わかった。私も悩んでたんや。こわいなー 私に悪気なんてあると思うか?母親を理解してちょんまげや!」(後略、会話に戻る)
長女のMさん『おかあちゃんから「私は認知症か?」ってメールが何度も何度もあの頃は来てました。「認知症か?ぼけるんか?」って』
Nさん『なかなか自覚できひんっていうかな。』
インタビュアー『Nさんは今でも認知症だと思っていないでしょ?』
Nさん『思ってませんね。今でもまだまだいけるんやないかって思ってます。ここ、頭の中ってなかなかみられへんよね、痛い事も何ともないしね。自分勝手な思いやけど、きっとそんなんやと思いますわ。周りから何言われても全然受け入れられなかったです。
でもね、お薬もらってのんだりすると、ちょっと楽になったなとかな、ああいうのが判るようになったなとか、そういうのを感じだして”やっぱり認知症やったんやなー”とか。お薬のんでたら治るかなっていうふうに向いていきました自分が。だから先生の言わはることを聞こう、長女の言う事を聞こうって』(後略)
家族に認知症の症状が現れた時、家族は訳が分からなくて怒り、苦しみ、途方にくれます。けれどご本人は家族以上に、Nさんのように、認知症を否定しつつもボケてしまう将来に怯え、暗闇に吸い込まれるような訳がわからない不安を抱えて、誰よりも苦しんでいます。
「ガス栓はしめた?玄関のカギはかかってる?」と数分おきに何十回も質問を繰り返す背景には、この家の状況に自信がもてなくて、ここは安全なの?と不安にかられ、不安に押しつぶされそうな気持ちがあります。
次の予定を理解できなくても、「なんとかなる」とか「どうでもいい」と気にならないし、不安にかられないでしょう。家の戸締りや火の元の管理は娘に任せてあるから安心と思えれば、何十回も質問を繰り返すこともありません。
しつこい質問攻撃は、攻撃ではなくて「不安」の表れなんです。
また「胸がどきどきする」とか、「病気がみつからないのに体の不調を毎日訴える」本人の心の底にも強い不安感があると考えられます。
2.「不安」が生まれやすい認知症の脳
さらに「不安」は、認知症を発症してしまったご本人の精神状態から生まれるだけではありません。認知症はあるきっかけで脳の老化が異常に早まる病気です。
認知症による急激な脳の老化で、脳のセロトニン神経伝達系(*4)やノルアドレナリン神経伝達系(*5)に異常が生じます。
セロトニンは、他の神経伝達物質であるドパミン(喜び、快楽など)やノルアドレナリン(恐怖、驚きなど)などの情報をコントロールし、精神を安定させる働きがあります。
セロトニンが低下すると、これら2つのコントロールが不安定になりバランスを崩すことで、攻撃性が高まったり、不安やうつ・パニック障害などの精神症状を引き起こすといわれています。
このような脳の異常から、認知症は「不安」が生じやすいのです。
さらにやっかいなことに、「不安」が激しくなると、他の行動・心理症状(BPSD)が現れやすくなります。
*私たちには見えないけれど子どもや虫がいると訴える「幻覚」
*お金や通帳を奪われたと思い込む「妄想」
*家に居るのに家に帰りたいと不安そうな表情で足早に歩き回る「徘徊」など。
このような行動・心理症状(BPSD)に発展させないためにも、「不安」への適切な対応は大切です。
次回、7月19日中編では、薬を使わない「不安」への対応方法・治療方法を紹介します。
謝辞:水上勝義先生と「認知症の人と家族の会」と「認知症フォーラムドットコム」の皆さまをはじめ、認知症の臨床・研究・介護に従事なさっていらっしゃる全ての皆様に感謝するとともに、認知症の患者さんとご家族がより良い時間を過ごせますよう、すべての医療・介護従事者の皆さまの益々のご活躍・ご発展を祈念します。
補注
*1:「認知症の人と家族の会:認知症になっても仲間がいる、介護でつらい思いをしているのは自分だけではないとの思いを力に、仲間や支援者とつながり、孤立することなく、認知症とともに生きること。これは、どんなに認知症に対する社会的理解や支援が進んでも、変わらぬ大切なこととして、「家族の会」が1980年の結成以来持ち続けてきた目標です。」https://www.alzheimer.or.jp/
*2:「認知症フォーラム.com:認知症フォーラムドットコムは、認知症の最新情報を独自の取材動画や記事で配信しております。認知症になっても、自分らしく生きられる社会の実現、本人の意思が尊重されることが現代社会の課題となっています。当サイトでは、認知症に関わる全ての方に役立てていただくために、専門家の解説や動画を通じ、「本人の心の声」を届けていきます。」https://www.ninchisho-forum.com/
*3:当事者シリーズ:認知症になっても、自分らしく生きられる社会の実現、本人の意思が尊重されることが現代社会の課題となっています。「医療」や「介護」の対応だけでなく、認知症になった本人や家族が希望をもって暮らすための支援が重要なのです。https://www.ninchisho-forum.com/tokusyuu/person/
☆当事者シリーズ「認知症と言われて」~本人・家族が語る 日々の暮らし~<シリーズ1> 中西栄子さん母娘の葛藤」京都市 (日本語版)https://www.ninchisho-forum.com/tokusyuu/person/n_007_01.html
☆当事者シリーズ「認知症と言われて」<シリーズ2>〜明日の光景を見つめて〜「おばあちゃんは おばあちゃん!」〜中西栄子さん・京都〜https://www.ninchisho-forum.com/tokusyuu/person/n-097_01.html
*4:「セロトニン:脳内の神経伝達物質のひとつで、ドパミン・ノルアドレナリンを制御し精神を安定させる働きをする。必須アミノ酸トリプトファンから生合成される脳内の神経伝達物質のひとつです。視床下部や大脳基底核・延髄の縫線核などに高濃度に分布しています。
他の神経伝達物質であるドパミン(喜び、快楽など)やノルアドレナリン(恐怖、驚きなど)などの情報をコントロールし、精神を安定させる働きがあります。セロトニンが低下すると、これら2つのコントロールが不安定になりバランスを崩すことで、攻撃性が高まったり、不安やうつ・パニック症(パニック障害)などの精神症状を引き起こすといわれています。近年、セロトニンの低下の原因に、女性ホルモンの分泌の減少が関係していることが判明し、更年期障害と関わりがあることが知られるようになりました。」厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイト eーヘルスネット https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/heart/yk-074.html#:~:text=%E3%82%BB%E3%83%AD%E3%83%88%E3%83%8B%E3%83%B3%EF%BC%88%E3%81%9B%E3%82%8D%E3%81%A8%E3%81%AB%E3%82%93%EF%BC%89&text=%E5%BF%85%E9%A0%88%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%8E%E9%85%B8%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%97%E3%83%88%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%81%8B%E3%82%89%E7%94%9F,%E5%AE%89%E5%AE%9A%E3%81%95%E3%81%9B%E3%82%8B%E5%83%8D%E3%81%8D%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
*5:「ノルアドレナリン:交感神経の情報伝達に関与する神経伝達物質。副腎髄質から分泌されるホルモンの1つでもある。ノルアドレナリンとは、激しい感情や強い肉体作業などで人体がストレスを感じたときに、交感神経の情報伝達物質として放出されたり、副腎髄質からホルモンとして放出される物質です。ノルアドレナリンが交感神経の情報伝達物質として放出されると、交感神経の活動が高まります。その結果、血圧が上昇したり心拍数が上がったりして、体を活動に適した状態にします。副腎髄質ホルモンとして放出されると、主に血圧上昇と基礎代謝率の増加をもたらします。
通常ノルアドレナリンはその人のおかれている状況にあわせてバランスを保ちながら働いていますが、その働きが不均衡になると神経症やパニック症(パニック障害)・うつ病などを引き起こすといわれています。」厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイト eーヘルスネット https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/heart/yk-047.html
*6:論文『不安とその対応』(特集 BPSDとその対応)、水上勝義(MIZUKAMI Katsuyoshi)、臨床精神医学 第49巻第12号、2020年12月、1937~1941頁、https://mp.medicalonline.jp/products/article_list.php?magazine_code=ao1clphd&year=2020&volume=49&number=12
*7:「介護うつ:介護うつとは、自宅で家族などの介護をしている人に意欲低下、眠れないといったうつ症状が起きることで、4人に1人が発症しているとも言われています。」介護疲れからうつ病にならないために ライフル介護 https://kaigo.homes.co.jp/manual/homecare/basic/caregiverdepression/
*8:「自律神経失調症:自律神経失調症とは、不規則な生活習慣やストレスなどにより、自律神経のバランスが乱れるために起こる、様々な身体の不調のこと。はっきりした内臓や器官の病変によるものではないため、症状の現れ方もとても不安定です。」総合南東北病院 https://www.minamitohoku.or.jp/up/news/konnichiwa/201104/homeclinic.html
*9:京都医療センター:音楽療法を希望される方は、脳神経内科・井内外来、吉田外来を受診して下さい。診察した上で音楽療法の予約を入れます。受診の時、可能であればかかりつけ医に紹介状を書いてもらって下さい。無理な場合は紹介状がなくても受け付けています。https://kyoto.hosp.go.jp/html/guide/medicalinfo/neurology/music.html
*10:音楽療法の広場 https://www.ongakunotomo.co.jp/web_content/onryo_hiroba/
*11:「体液:生体内の液体を体液といい,平均的成人男子では体重の約 60%を占める. 女子は脂肪の割合が 高いため約 55%,新生児は約 75%である. 体液は細胞内液と細胞外液とに分けられ,細胞外液は,さらに血管やリンパ管を流れる循環液 と,血管外にあって細胞を浸している間質液(組織液)とに区分される.」 体液 http://www.gakkenshoin.co.jp/book/ISBN978-4-7624-2663-6/112-113.pdf
*12:「高齢者の水分管理について:人間は年を重ねるごとに、体重における体内の水分量の比率は徐々に減少します。一般的に高齢者の身体の水分量は、若い頃に比べると約10%減り、約50%だといわれています。つまり、身体の中の水分量が少なくなるため、若い頃より脱水症になりやすいといえます。」味の素株式会社 https://www.ajinomoto.co.jp/nutricare/useful/suibun/#:~:text=%E4%BA%BA%E9%96%93%E3%81%AF%E5%B9%B4%E3%82%92%E9%87%8D%E3%81%AD%E3%82%8B,%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%82%84%E3%81%99%E3%81%84%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%88%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
*13:「体組成の加齢変化」高齢者における栄養の特性と課題、フレイルと栄養の関係 ー 名古屋大学大学院医学系研究科地域在宅医療学・老年科学 葛谷雅文 ーhttps://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/0000209720.pdf
*14:「抗精神病薬:精神病症状を軽減または消失させるのには、抗精神病薬が有効です。これは、幻覚、妄想、支離滅裂な思考、および攻撃性の治療に最も効果的とみられています。抗精神病薬は、統合失調症に対して処方されるのが最も一般的ですが、統合失調症、躁病、認知症、またはアンフェタミン類などの薬物使用に起因するものも含めて、これらの症状の治療に効果があるとみられています。」MSDマニュアル家庭版 https://www.msdmanuals.com/ja-jp/home/10-%E5%BF%83%E3%81%AE%E5%81%A5%E5%BA%B7%E5%95%8F%E9%A1%8C/%E7%B5%B1%E5%90%88%E5%A4%B1%E8%AA%BF%E7%97%87%E3%81%8A%E3%82%88%E3%81%B3%E9%96%A2%E9%80%A3%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E7%BE%A4/%E6%8A%97%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%97%85%E8%96%AC
*15:「パーキンソン症状:パーキンソン症状とは、安静時振戦・筋固縮・無動/動作緩慢・姿勢反射障害といった四大運動徴候のほか、字が小さくなる小字症、声が小さくなる小声症、顔が脂ぎる脂漏性顔貌、表情が乏しくなる仮面様顔貌、歩行時の前屈・すり足・小股・突進歩行、体が斜めに傾くななめ徴候(ピサ徴候)、嚥下障害などがあります。」東京メモリークリニック蒲田 https://memory-clinic.jp/%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%B3%E7%97%87%E7%8A%B6
*16:「過鎮静(かちんせい):必要以上に薬物の鎮静効果が出現した結果,日中にボーっとして動きが少なくなったり傾眠傾向となる状態である. 抗精神病薬の量が多い,投与期間が長い,患者の体格が小さい,薬物自体の鎮静作用が強い,肝障害や腎障害など代謝・排泄する臓器が障害を受けている場合などに生じる.」連載●内科医のためのせん妄との付き合い方 医学書院 https://www.igaku-shoin.co.jp/misc/medicina/senmou4608/#:~:text=%E9%81%8E%E9%8E%AE%E9%9D%99%20%E9%81%8E%E9%8E%AE%E9%9D%99%E3%81%AF,%E3%81%84%E3%82%8B%E5%A0%B4%E5%90%88%E3%81%AA%E3%81%A9%E3%81%AB%E7%94%9F%E3%81%98%E3%82%8B%EF%BC%8E
*17:「専門医とは:一般の皆様へのお知らせ」一般社団法人 日本専門医機構 https://jmsb.or.jp/ippan/
*18:認知症専門医とは? https://journal.jspn.or.jp/jspn/openpdf/1170120955.pdf
*19:国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 認知行動療法センター https://cbt.ncnp.go.jp/
以上