何十回も同じ質問を繰り返すのは、認知症の不安が膨れあがって、不安に踊らされているのかも?!(後編)
7月19日中編では、薬を使わない「不安」への対応方法と治療方法を紹介しました。この後編では、「薬が効きにくく副作用が出やすいシニアの体の特徴」と「「不安」を和らげる薬による治療法」と「認知症専門医の見つけ方」をご紹介します。
4.薬が効きにくく副作用が出やすいシニアの体の特徴
薬による治療法の紹介の前に、老化による機能の衰えが生み出すシニアの体の特徴について説明します。
①全身を巡っている体液(*11)は年齢が高くなればなるほど減少します。体重における体内の水分量の比率も徐々に減少し、子どもは約70%、成人は約60%ですが、シニアの水分量は、約50%だといわれています。(*12)
②シニアでは、体重に変化がない場合でも脂肪組織が増加します。筋肉量は40歳以降、年に0.5%ずつ減少し、80歳までには筋肉の30~40%が失われます。が、逆に20歳~70歳にかけて脂肪量は増加します。年齢とともに内臓脂肪が増加し、特に女性で顕著です。(*13)
③この脂肪層に薬の成分が溜まりやすくなります。たとえば、「抗精神病薬」(*14)などは油に溶けやすい脂溶性です。
「抗精神病薬」の成分が脂肪層に蓄積されると、リラックスしているのに腕や脚が勝手にふるえる「パーキンソン症状」(*15)や、必要以上に薬の鎮静効果が効いてしまい、日中もボーっとして動きが少なくなったり、ウトウトと眠ったような状態になる「過鎮静」(*16)などの副作用が現れやすくなります。
④生理機能の低下や体内の水分量の比率が低いため、シニアは脱水を起こしやすくなります。この時、体内の水分が急激に減少すると、脂肪層に溜まっていた薬の成分が血液中に急激に流れ込みます。そのため血液中の薬の濃度が急速に上昇し、重篤な副作用を招くことがあります。
⑤老化は、薬の成分を分解する肝臓の機能を衰えさせ、体に不要な成分を排泄する腎臓の機能も衰えさせます。そのため、服薬を止めてからも薬の成分が代謝されずに体内に残りやすくなります。
薬を中止した後に、薬の作用や副作用が現れる可能性もあるので、すべての薬に当てはまりますが、眠らないからと1回1錠の眠剤を素人判断で、2錠も飲ませることは危険です。
以上が、シニアの体と薬の関係についての簡単な説明です。
5.「不安」を和らげるために薬を使う治療方法
「不安」に対応する薬を使う治療は以下の5種類です。
1)アルツハイマー型認知症の治療薬
2)抗不安薬
3)漢方薬
4)抗うつ薬
5)非定型抗精神病薬
薬物療法には、これだけの種類があります。薬局で購入できる薬ではないので、5種類もあると知ってくだされば十分です。
家に居るのに家に帰りたいと不安そうな表情で足早に歩き回る「徘徊」やお金や通帳を奪われたと思い込む「妄想」、あるいは、わたしたちには見えないけれど子どもや虫がいると訴える「幻覚」などに繋がりかねない「不安」に困ったら、諦めないで認知症専門医に相談なさってみてください。
(薬物療法の詳細を知りたい方は、水上勝義先生の論文「不安とその対応」(特集 BPSDとその対応)、臨床精神医学 第49巻第12号、2020年12月(*6)をお読みください。)
6.認知症専門医の見つけ方
「ウチのかかりつけ医の先生は、認知症のことが全然わかっていない」と悩んでいらっしゃいませんか?ご安心ください、認知症にも専門医がいらっしゃいます。
まず、専門医とはその診療科において標準的で適切な診断・治療を提供できる医師のことです。専門医は原則として5年ごとに更新があり、その間の医療の進歩を学ぶとともに診療実績を積むことなどが専門医の更新認定基準として義務づけられています。このような更新制度によって日本の医療の質が保たれています。(*17)
そして認知症専門医とは「日本老年精神医学会もしくは日本認知症学会の定める専門医又は 認知症疾患の鑑別診断等の専門医療を主たる業務とした 5 年以上の臨床経験を有する医師」と定められています。(*18)
通院しやすそうな認知症専門医を、各都道府県の公的機関や2つの学会の検索ページから探してみてください。
☆各都道府県の「高齢者総合相談センター」や「保健所」
ホームページなどには掲載されていませんが、これらの機関は認知症専門医の情報を把握しています。問い合わせてはいかがでしょうか。
「専門医・施設一覧」から、都道府県ごとに認知症専門医がいらっしゃる施設あるいは、専門医を検索できます。https://dementia-japan.org/doctors/
「高齢者の心と病と認知症に関する専門医検索」で検索することができます。「所在地」「氏名」「所属」の条件で検索できます。http://184.73.219.23/rounen/A_sennmonni/r-A.htm
介護に携わっていると「このままじゃ、わたしが殺される」って感じることがあります。でも認知症ケアの実例集で「お年寄りのこだわりは長く続かないと割り切る」というアドバイスにぶつかります。「お金や食べ物など、生存本能にかかわる事柄以外はだいたい半年から1年ぐらいしか続かない」そうです。
認知症は、診断が下ってからの平均余命が約10年。与えられた時間は、案外短いのかもしれません。あなたが認知症のご家族と一緒に、もっと幸せに暮らせるよう祈っています!
謝辞:水上勝義先生と「認知症の人と家族の会」と「認知症フォーラムドットコム」の皆さまをはじめ、認知症の臨床・研究・介護に従事なさっていらっしゃる全ての皆様に感謝するとともに、認知症の患者さんとご家族がより良い時間を過ごせますよう、すべての医療・介護従事者の皆さまの益々のご活躍・ご発展を祈念します。
補注
*1:「認知症の人と家族の会:認知症になっても仲間がいる、介護でつらい思いをしているのは自分だけではないとの思いを力に、仲間や支援者とつながり、孤立することなく、認知症とともに生きること。これは、どんなに認知症に対する社会的理解や支援が進んでも、変わらぬ大切なこととして、「家族の会」が1980年の結成以来持ち続けてきた目標です。」https://www.alzheimer.or.jp/
*2:「認知症フォーラム.com:認知症フォーラムドットコムは、認知症の最新情報を独自の取材動画や記事で配信しております。認知症になっても、自分らしく生きられる社会の実現、本人の意思が尊重されることが現代社会の課題となっています。当サイトでは、認知症に関わる全ての方に役立てていただくために、専門家の解説や動画を通じ、「本人の心の声」を届けていきます。」https://www.ninchisho-forum.com/
*3:当事者シリーズ:認知症になっても、自分らしく生きられる社会の実現、本人の意思が尊重されることが現代社会の課題となっています。「医療」や「介護」の対応だけでなく、認知症になった本人や家族が希望をもって暮らすための支援が重要なのです。https://www.ninchisho-forum.com/tokusyuu/person/
☆当事者シリーズ「認知症と言われて」~本人・家族が語る 日々の暮らし~<シリーズ1> 中西栄子さん母娘の葛藤」京都市 (日本語版)https://www.ninchisho-forum.com/tokusyuu/person/n_007_01.html
☆当事者シリーズ「認知症と言われて」<シリーズ2>〜明日の光景を見つめて〜「おばあちゃんは おばあちゃん!」〜中西栄子さん・京都〜https://www.ninchisho-forum.com/tokusyuu/person/n-097_01.html
*4:「セロトニン:脳内の神経伝達物質のひとつで、ドパミン・ノルアドレナリンを制御し精神を安定させる働きをする。必須アミノ酸トリプトファンから生合成される脳内の神経伝達物質のひとつです。視床下部や大脳基底核・延髄の縫線核などに高濃度に分布しています。
他の神経伝達物質であるドパミン(喜び、快楽など)やノルアドレナリン(恐怖、驚きなど)などの情報をコントロールし、精神を安定させる働きがあります。セロトニンが低下すると、これら2つのコントロールが不安定になりバランスを崩すことで、攻撃性が高まったり、不安やうつ・パニック症(パニック障害)などの精神症状を引き起こすといわれています。近年、セロトニンの低下の原因に、女性ホルモンの分泌の減少が関係していることが判明し、更年期障害と関わりがあることが知られるようになりました。」厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイト eーヘルスネット https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/heart/yk-074.html#:~:text=%E3%82%BB%E3%83%AD%E3%83%88%E3%83%8B%E3%83%B3%EF%BC%88%E3%81%9B%E3%82%8D%E3%81%A8%E3%81%AB%E3%82%93%EF%BC%89&text=%E5%BF%85%E9%A0%88%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%8E%E9%85%B8%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%97%E3%83%88%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%81%8B%E3%82%89%E7%94%9F,%E5%AE%89%E5%AE%9A%E3%81%95%E3%81%9B%E3%82%8B%E5%83%8D%E3%81%8D%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
*5:「ノルアドレナリン:交感神経の情報伝達に関与する神経伝達物質。副腎髄質から分泌されるホルモンの1つでもある。ノルアドレナリンとは、激しい感情や強い肉体作業などで人体がストレスを感じたときに、交感神経の情報伝達物質として放出されたり、副腎髄質からホルモンとして放出される物質です。ノルアドレナリンが交感神経の情報伝達物質として放出されると、交感神経の活動が高まります。その結果、血圧が上昇したり心拍数が上がったりして、体を活動に適した状態にします。副腎髄質ホルモンとして放出されると、主に血圧上昇と基礎代謝率の増加をもたらします。
通常ノルアドレナリンはその人のおかれている状況にあわせてバランスを保ちながら働いていますが、その働きが不均衡になると神経症やパニック症(パニック障害)・うつ病などを引き起こすといわれています。」厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイト eーヘルスネット https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/heart/yk-047.html
*6:論文『不安とその対応』(特集 BPSDとその対応)、水上勝義(MIZUKAMI Katsuyoshi)、臨床精神医学 第49巻第12号、2020年12月、1937~1941頁、https://mp.medicalonline.jp/products/article_list.php?magazine_code=ao1clphd&year=2020&volume=49&number=12
*7:「介護うつ:介護うつとは、自宅で家族などの介護をしている人に意欲低下、眠れないといったうつ症状が起きることで、4人に1人が発症しているとも言われています。」介護疲れからうつ病にならないために ライフル介護 https://kaigo.homes.co.jp/manual/homecare/basic/caregiverdepression/
*8:「自律神経失調症:自律神経失調症とは、不規則な生活習慣やストレスなどにより、自律神経のバランスが乱れるために起こる、様々な身体の不調のこと。はっきりした内臓や器官の病変によるものではないため、症状の現れ方もとても不安定です。」総合南東北病院 https://www.minamitohoku.or.jp/up/news/konnichiwa/201104/homeclinic.html
*9:京都医療センター:音楽療法を希望される方は、脳神経内科・井内外来、吉田外来を受診して下さい。診察した上で音楽療法の予約を入れます。受診の時、可能であればかかりつけ医に紹介状を書いてもらって下さい。無理な場合は紹介状がなくても受け付けています。https://kyoto.hosp.go.jp/html/guide/medicalinfo/neurology/music.html
*10:音楽療法の広場 https://www.ongakunotomo.co.jp/web_content/onryo_hiroba/
*11:「体液:生体内の液体を体液といい,平均的成人男子では体重の約 60%を占める. 女子は脂肪の割合が 高いため約 55%,新生児は約 75%である. 体液は細胞内液と細胞外液とに分けられ,細胞外液は,さらに血管やリンパ管を流れる循環液 と,血管外にあって細胞を浸している間質液(組織液)とに区分される.」 体液 http://www.gakkenshoin.co.jp/book/ISBN978-4-7624-2663-6/112-113.pdf
*12:「高齢者の水分管理について:人間は年を重ねるごとに、体重における体内の水分量の比率は徐々に減少します。一般的に高齢者の身体の水分量は、若い頃に比べると約10%減り、約50%だといわれています。つまり、身体の中の水分量が少なくなるため、若い頃より脱水症になりやすいといえます。」味の素株式会社 https://www.ajinomoto.co.jp/nutricare/useful/suibun/#:~:text=%E4%BA%BA%E9%96%93%E3%81%AF%E5%B9%B4%E3%82%92%E9%87%8D%E3%81%AD%E3%82%8B,%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%82%84%E3%81%99%E3%81%84%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%88%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
*13:「体組成の加齢変化」高齢者における栄養の特性と課題、フレイルと栄養の関係 ー 名古屋大学大学院医学系研究科地域在宅医療学・老年科学 葛谷雅文 ーhttps://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/0000209720.pdf
*14:「抗精神病薬:精神病症状を軽減または消失させるのには、抗精神病薬が有効です。これは、幻覚、妄想、支離滅裂な思考、および攻撃性の治療に最も効果的とみられています。抗精神病薬は、統合失調症に対して処方されるのが最も一般的ですが、統合失調症、躁病、認知症、またはアンフェタミン類などの薬物使用に起因するものも含めて、これらの症状の治療に効果があるとみられています。」MSDマニュアル家庭版 https://www.msdmanuals.com/ja-jp/home/10-%E5%BF%83%E3%81%AE%E5%81%A5%E5%BA%B7%E5%95%8F%E9%A1%8C/%E7%B5%B1%E5%90%88%E5%A4%B1%E8%AA%BF%E7%97%87%E3%81%8A%E3%82%88%E3%81%B3%E9%96%A2%E9%80%A3%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E7%BE%A4/%E6%8A%97%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%97%85%E8%96%AC
*15:「パーキンソン症状:パーキンソン症状とは、安静時振戦・筋固縮・無動/動作緩慢・姿勢反射障害といった四大運動徴候のほか、字が小さくなる小字症、声が小さくなる小声症、顔が脂ぎる脂漏性顔貌、表情が乏しくなる仮面様顔貌、歩行時の前屈・すり足・小股・突進歩行、体が斜めに傾くななめ徴候(ピサ徴候)、嚥下障害などがあります。」東京メモリークリニック蒲田 https://memory-clinic.jp/%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%B3%E7%97%87%E7%8A%B6
*16:「過鎮静(かちんせい):必要以上に薬物の鎮静効果が出現した結果,日中にボーっとして動きが少なくなったり傾眠傾向となる状態である. 抗精神病薬の量が多い,投与期間が長い,患者の体格が小さい,薬物自体の鎮静作用が強い,肝障害や腎障害など代謝・排泄する臓器が障害を受けている場合などに生じる.」連載●内科医のためのせん妄との付き合い方 医学書院 https://www.igaku-shoin.co.jp/misc/medicina/senmou4608/#:~:text=%E9%81%8E%E9%8E%AE%E9%9D%99%20%E9%81%8E%E9%8E%AE%E9%9D%99%E3%81%AF,%E3%81%84%E3%82%8B%E5%A0%B4%E5%90%88%E3%81%AA%E3%81%A9%E3%81%AB%E7%94%9F%E3%81%98%E3%82%8B%EF%BC%8E
*17:「専門医とは:一般の皆様へのお知らせ」一般社団法人 日本専門医機構 https://jmsb.or.jp/ippan/
*18:認知症専門医とは? https://journal.jspn.or.jp/jspn/openpdf/1170120955.pdf
*19:国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 認知行動療法センター https://cbt.ncnp.go.jp/
以上