レクリエーションだけじゃない!エビデンスがちゃんとある音楽療法なら、明るくなったり、よく笑って穏やかになります!(後編)
在宅介護に携わっていると、お世話に追われて認知症を患う家族の気持ちを忘れがちです。映画やライブ、買い物に旅行などの楽しみを失い、不安に怯える日々。音楽療法は、そんな苦しい認知症患者さんの「喜び」や「生きがい」になります。今回は、エビデンスがちゃんとある音楽療法の治療成果を飯塚 三枝子先生の論文(*2)から紹介します。
4.外来治療でおこなわれる「フラッシュソングセラピー」
ハンドベル演奏訓練は、病院に入院中のアルツハイマー型認知症の方が対象でした。が、飯塚三枝子先生の論文では病院の外来に通院する若年性アルツハイマー病(*5)患者さんを対象としています。1人1人に「フラッシュソングセラピー」を用いた音楽療法をおこなった内容を紹介します。
対象:外来に通院中で、音楽療法を希望した若年性アルツハイマー病の患者さん、男性4人、女性4人
年齢:52-67歳で、平均60.0歳
発症してからの期間:2~7年で、平均4.4年
服用薬と施設利用の有無:8人中6人がアルツハイマー型およびレビー小体型認知症治療薬「ドネペジル」を服用し、介護施設を利用
実施方法:家族同席のもと、「フラッシュソングセラピー」を中心とする1回40分前後の個人治療を週1回、4ヶ月間で計16回実施。
「フラッシュソングセラピー」の内容:
*患者さんには事前に曲名を教えず、曲の1番だけを次々と歌うメドレー形式の歌唱セッションです。
*童謡・唱歌・歌曲・歌謡曲・民謡・フォークソング・シャンソン・カントリーソング・宗教歌等をランダムに、フラッシュカードをめくるように素早く音楽療法士が演奏して、患者さんが歌うように導きます。
*次の曲に移る時も曲名を伝えず、できるだけ前奏や冒頭のメロディーで患者さんが思い出せるように演奏し、自分で歌えるように導きます。
*歌詞は重視していないので、ふつうは歌詞カードは使いません。歌詞に詰まって歌えない場合は、ヒントとなるように小声で歌ったり、歌詞だけを先に伝えます。
*選ぶ曲は、患者さんの好み、時代背景、生まれた地域、生活環境などをリサーチした上で、その日の時節、天気、リクエストなどを考慮します。
*1回のセッションで20曲前後を歌うように設計します。セッションの回数ごとに曲を入れかえ、歌える曲を増やしていきます。
*歌うテンポは、最初に患者さん自身が歌い出したテンポを考慮して決めます。
*患者さんの声量にも配慮し、より添う伴奏で患者さんとの音楽的な呼吸を合わせ、こちらの共感を伝えながらセッションを進めます。
*セッションを重ねて、患者さんが歌う事に集中し楽しんでいる様子が伺えるようになったら、曲に音楽的な緩急変化をつけながら歌唱のテンポを少し速めます。また発声可能な声域を活用できるように、低い音や少し高い音も取り入れます。さらに、音楽によるリズムや曲想を身体で表現するリトミックも取り入れます。
5.音楽療法「フラッシュソングセラピー」4か月後の成果
①BPSDの評価であるBehave-AD(*6)数値の変化
*「間近な約束や予定に関する不安」1.38⇒0.50 に減少
* 「不穏」1.00⇒0.38 に減少
*「悲哀」0.88⇒0.25 に減少
*「暴言」0.50⇒0 に変化
②認知症患者の幸福度を測るDementia Happy Check(*7)の数値の変化
*活動への参加態度 5.50⇒7.75 に上昇
*表情の変化 5.75⇒7.50 に上昇
③家族や施設職員からの指摘
*音楽療法を受けるようになって表情が明るくなった 5人
*よく笑うようになった 4人
*穏やかになった 4人
*デイサービスでの活動に自ら参加し歌を歌うようになった 2人
*他の利用者の世話をしたり歌を教えたりするようになった 1人
*自信を持って自分のことを人に話すようになった 1人
④患者さんご本人の感想
Bさん(男性、60歳):「音楽療法をしている時は正常に戻ったように思う」
Hさん(女性、67歳):「これまでダメ人間だったのに自分でも歌えるんだとわかって自信がついた」
Dさん(男性、58歳)、Bさん、Hさん:「音楽療法の時が一番楽しい」
『(前略)普段失敗体験を通じて自信をなくし抑うつ状態になったり、失敗を指摘されて攻撃的になったりしている患者が、歌えるということで自信を回復するという点も重要であると考える。患者自ら「正常に戻ったように思う」、「自信がついた」と語り、自信を持って自分のことを人に話すようになった。
この変化は、表情が明るくなった、よく笑うようになった、穏やかになったという評価にも現れている。(後略)』
飯塚先生は、論文の考察の項でこのように書かれています。
☆さらに「フラッシュソングセラピー」では、歌の合間に患者さんご本人が同席している家族や音楽療法士さんと、歌ったばかりの曲にまつわる思い出を語り合うことが度々あるそうです。
これは、歌が「嬉しい」とか「悲しい」などの感情に結びついた記憶を呼び起こす影響です。歌から昔を思い出すことで、患者さんご本人の存在感や存在意義を再確認できるという効果につながります。
つまり「フラッシュソングセラピー」で歌うことが記憶を呼び起こし、記憶が心を癒します。
以上が、音楽療法「フラッシュソングセラピー」を通院治療で、4か月16回受けた成果です。
ご参考に:☆音楽療法を実施している病院(2021年10月更新)https://www.ongakunotomo.co.jp/web_content/onryo_hiroba/pdf/2021_10_ongakuryoho_byoin.pdf
音楽之友社が、2017年度に実施したアンケートに基づき、公開可能な項目を掲載した一覧表(PDF)です。地域別に、病院名・音楽療法実施診療科・病院の所在地/TEL/FAX/URL・音楽療法実施スタッフ・頻度・スタッフ雇用数・見学の有無が表示されています。
薄れていく記憶に怯えながら、楽しみがない毎日を過ごす認知症患者さんが「音楽療法の時が一番楽しい」と言って音楽療法を心待ちにし、病院で「音楽療法」を受けることが生活の張りとなる治療。
音楽療法で明るくよく笑うようになり、穏やかになってくれたら、どんなに在宅介護が楽になることでしょう。
あなたも認知症患者さんの心を癒すことができる「音楽療法」を試してみませんか?
謝辞:原田雅嗣先生と飯塚三枝子先生をはじめとして、認知症の臨床・研究・介護に従事なさっていらっしゃる全ての皆様に感謝するとともに、認知症の患者さんとご家族がより良い時間を過ごせますよう、すべての医療・介護従事者の皆さまの益々のご活躍・ご発展を祈念します。
補注
*1:原田 雅嗣:論文「アルツハイマー型認知症患者に対する音楽療法 第二報 ハンドベル演奏による認知・高次脳機能改善効果の検討」日本認知症予防学会誌 Vol.6 No.1,2017 https://ninchishou.jp/relays/download/52/104/61/75/?file=/files/libs/75//20190326095814961.pdf
*2:飯塚 三枝子、和田 啓道、中村 道三:論文「若年性アルツハイマー病に対する外来音楽療法の試み ──フラッシュソングセラピーを用いて──」音楽医療研究 第6巻 2013年、https://www.jstage.jst.go.jp/article/jmm/6/1/6_1/_pdf/-char/ja
*3:齋藤 里果:「音楽療法の紹介」理学療法科学 第21巻4号 453-457頁、2006年 https://www.jstage.jst.go.jp/article/rika/21/4/21_4_453/_pdf
*4:NPI-Q :認知症患者の BPSD の頻度と重症度および介護者の負担度を数量化することができる神経心理検査。「妄想」「幻覚」「興奮」「うつ」「不安」「多幸」「無関心」「脱抑制」「易怒性」「異常行動」の 10 項目からなり、その後、「夜間行動」「食行動」の 2 項目が追加され、計 12 項目で構成されている。株式会社マイクロン https://micron-kobe.com/archives/works/npi#:~:text=%E5%AE%9F%E6%96%BD%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82-,NPI-Q%20%E3%81%A8%E3%81%AF,%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%82%8B%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E5%BF%83%E7%90%86%E6%A4%9C%E6%9F%BB%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82
*5:「65歳未満の人に発症するアルツハイマー型認知症のことを若年性アルツハイマーと呼び、令和2年の調査では若年性認知症の原因となる基礎疾患の半分以上を占めています。」若年性アルツハイマーとは?? ライフル介護 https://kaigo.homes.co.jp/manual/dementia/basic/early/alzheimer/
*6:「Alzheimer’s Disease (Behave-AD) とは、1987 年に Reisberg らが、アルツハイマー病の精神症状を評価するために開発した尺度である。 これも25 項目の精神症状に関して介護者からの情報に基づき評価する。」神経心理学・機能画像からみた 認知症の精神・行動異常 http://www.rouninken.jp/member/pdf/15_pdf/vol.15_03-15-01.pdf
*7:「DHCは表情の変化、会話の様子、立ち振る舞い、身だしなみへの関心、活動への参加態度、活動内容の6項目により構成されています。
活動内容以外の項目では判定基準が6段階になっています。
介護者による自己記入式の評価尺度となっています。
DHCは終末期での機能の低下を除けば、認知機能低下の影響を受けず、認知症者の心理的well-beingを反映するものだとされています。」認知症のQOL評価!DHC(Dementia Happy Check Home Care Version)の概要と評価方法、結果の解釈 PTOTST学生のための学習塾 https://ptotst-student.com/entry/%E8%AA%8D%E7%9F%A5%E7%97%87%E3%81%AEqol%E8%A9%95%E4%BE%A1%EF%BC%81dhc%EF%BC%88dementia-happy-check-home-care-version%EF%BC%89%E3%81%AE%E6%A6%82%E8%A6%81%E3%81%A8%E8%A9%95%E4%BE%A1%E6%96%B9%E6%B3%95/
以上