シニアは「うつ病」にも罹りやすいお年頃だから、「高齢者うつ」を解説します(後編)
シニアは、「認知症」と「うつ病」を合併することも多く、「認知症」の前触れとして「うつ病」が現れる場合もあります。(*2)また脳出血、脳梗塞など脳の病気、あるいはアルコール依存症やステロイド剤、降圧剤などの副作用から「うつ病」を発症するケースも多くみられます。
11月29日の前編に続き、シニアに大敵な「高齢者うつ」の後編をお届けします。
1.「高齢者うつ」の特徴
「年をとると誰でもうつっぽくなる」と言われますが、一般的な老化現象と65歳以上のシニアが罹るうつ病=「高齢者うつ」ではまったく違います。
しかしシニアの場合では、典型的な「うつ病」の症状を示す方は、全体の1/3~1/4しかいないと言われます。
うつ症状の一部がとくに強く現れたり、逆に一部の症状が弱くなったりすることが多いので注意が必要です。
「高齢者うつ」の特徴として、次のような点が指摘されています。(*6)
☆「高齢者うつ」は症状がそろっていない「うつ病」の頻度が高いため、見逃されやすくなります。特に、悲哀の訴えが少なく、気分低下やうつ思考が目立ちにくいです。
☆意欲や集中力の低下、思考や決断力などの精神活動が停滞し,会話の減少,何かを考える速度のスローダウンや、のろのろとした動作が目立ちます。また健康状態が悪く、気分の低下、認知機能障害、意欲低下が見られる場合は、「高齢者うつ」の可能性が高いといえます。
☆心や体のささいな不調にこだわり、自分が何か重篤な病気にかかっているのではないか、あるいは今後かかるのではないかという思い込みを「高齢者うつ」に罹った患者さんは、訴えます。
記憶力の衰えに関する訴え(「ものおぼえが悪くなった」「物忘れが増えた」)が「高齢者うつ」を示す重要なサインです。抑うつ気分と記憶に関するご本人の訴えは、強く関連します。
とくに65-75歳の比較的「若い」シニアで、この傾向が強まります。認知症外来を受診する患者さんの5人に1人はうつ病性障害といわれます。
☆軽症の「うつ病」では、身体的な不健康と関係があり、意欲・集中力の低下や認知機能の低下が多くみられます。
シニアの「高齢者うつ」では、軽症に見えても神経伝達物質のバランスの乱れや欠乏が直接引き起こす典型的な「うつ病」に匹敵するような機能の低下がみられることが多く、中等症の「うつ病」に発展することも多いです。
ですからシニアの場合には、「うつ病」の症状が軽そうに見えても楽観は禁物です。
☆脳出血、脳梗塞など脳の病気、あるいはアルコール依存症やステロイド剤、降圧剤などの副作用による「うつ病」はシニアに多くみられます。
☆脳の血管性病変に関連する「血管性うつ病」の存在が考えられており、脳血管性障害の患者さんは「うつ病」の可能性が高くなります。
☆喫煙、肥満、高血圧、糖尿病などの生活習慣病を患っている場合、「高齢者うつ」を発症するリスクが高くなります。
特に、「うつ病」と「糖尿病」の発症はお互いに影響しあい、「うつ病」を患っていると「糖尿病」の発症リスクは1.6倍に上がり、「糖尿病」を患っていると「うつ病」発症リスクが1.15倍上昇します。
☆恐怖や、不安感が過剰になったり、動悸、呼吸困難、震え、発汗などの症状が「うつ病」の症状と一緒に起こることも多いです。この不安症状があると、背後に隠れている「うつ病」を見落としてしまうこともあります。
☆双極性障害(躁うつ病)に伴う「うつ病」の可能性もあります。双極性障害は通常はもっと若い年代で発症しますが、シニアが発症する場合には、器質性の脳疾患の可能性が高くなります。
(双極性障害の詳細は、日本うつ病学会のホームページ(http://www.secretariat.ne.jp/jsmd/)をご覧ください。)
☆年齢別の「うつ病」患者数から見ると、男性は50歳代を頂点として、各年代ほぼ左右対称の山形グラフとなります。(*7)
☆女性で「うつ病」に罹る方は、40歳代で最初のピークを迎えますが、50歳代で減少し、60歳代で再度増加し、2度目のピークを迎えます。女性はどの年齢においても男性より「うつ病」の患者さんが多く、70歳代以上では男性の2倍以上に達します。(*7)
2.「高齢者うつ」と「認知症」の関係
アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症などの「認知症」は、「うつ病」を合併することも多いので「高齢者うつ」と「認知症」の関係は見分けにくく複雑です。
『一度きりの診察では鑑別が難しい症例が少なくない』と国立長寿医療研究センター病院 精神科部長の服部 英幸先生も書かれています。(*9)
このように難しい2つの病気ですが、わたしたちでも理解できる違いが5つあります。
☆症状の進行速度
- 認知症:記憶障害などが徐々に進行することが多く、発症の時期がはっきりとしない場合が多い。
- 高齢者うつ:何かのきっかけや環境変化の影響を受けて、1か月間くらいなど比較的短い期間に様々な症状が出る。そのため、ご家族や介護を担当する方が「どうしたのかな、いつもと様子が違う」と気付きやすい。
☆自分を責める感情の有無
- 認知症:「死にたい」という気持ちや自責の念を訴えることはあまりない。
- 高齢者うつ:「自分の症状や病気のせいで、家族や周りの人に迷惑をかけている」という自責の念が強くなり、抑うつ症状が特に強く見られる。
☆ご本人の自覚の有無
- 認知症:問題行動は見られるが、認知機能の低下にしたがって、自分の症状に無関心になることが多い。不安や抑うつ症状は、「認知症」のBPSD(行動・心理症状)の一部として出る場合もあるが、ほとんど主要な症状とはならない。
- 高齢者うつ:自分の認知機能の低下を、症状が出た前後で自覚できるため、自分の症状が悪化していないかどうかをよく気にするようになる。
☆記憶障害の有無
- 認知症:軽度の記憶障害から始まって、徐々に進行し、例えば御飯を食べたこと自体を忘れてしまうなど、出来事や行動そのものを忘れる。
- 高齢者うつ:環境変化や何かのきっかけになる出来事を契機に、突然数日前のことを思い出せなくなり、それによってご自身の記憶力への心配や不安が高まっていく傾向がある。
☆質問に対する答え方の違い
- 認知症:質問に対して、見当違いだったり、的を得ない回答をする。そのことを指摘すると、取りつくろう様子が見られることも多い。
- 高齢者うつ:質問に対し、考え込んでしまい、回答がはっきりとできない場合が多い。
3.「高齢者うつ」の注意点
以上のようにシニアは、脳の老化や生活習慣病などの身体的要因と退職や配偶者の他界などから生まれる喪失体験など社会的要因とストレスを解消しにくくなるなどの心理的要因が重なり、「高齢者うつ」を招きやすいお年頃です。
そして「高齢者うつ」は以下の点に注意が必要です。
☆「高齢者うつ」は、特に自殺を招きやすい
60歳以上の自殺者数は、令和4年では8,249人と前年の7,860人に比べ増加しています。年齢別に見ても、60~69歳(2,765人)、70~79歳(2,994人)、80歳以上(2,490人)となり、70歳代以外は増加しています。(*10)
令和4年の自殺者総数は21,881人なので、自殺者の約4割が60歳以上です。
さらに令和5年の自殺の動機・原因が健康問題だった件数12,403件で、60歳以上の自殺件数は、6,144件なので約5割。(*11)健康問題を苦にして自殺する方の半数はシニアです。
さらに健康問題の中の”病気の悩み・影響(うつ病)”が動機・原因だった件数は、4,377件で約3割5分を占めます。
つまり、シニアの自殺や自殺未遂は「うつ病」が大きな原因の1つです。
☆介護に携わるシニアは、「介護うつ」に罹りやすい
ある調査では介護に携わっているシニアの3人に1人は「死にたい」と考えたことがあるそうです。「介護うつ」かもしれません。
介護に携わっている場合、介護ストレスにより「うつ病」のリスクが高まります。特にシニアの介護者は、家族の死や退職など複合的な喪失体験と重なるため、「うつ病」に罹りやすくなります。
☆「認知症」と「うつ病」が似通い入り組んで発症するので、見逃しやすく、早期治療を逃しやすい
「認知症」と「うつ病」は似たような症状も多く、認知症の初期症状として「うつ病」を先に発症する場合があります。さらに、「うつ病」の症状として認知症とよく似た症状「うつ病による仮性認知症」(*12)を発症することもあります。あるいは、2つを一緒に発症することもあります。
また「認知症」と正常な老化の中間にあたる軽度認知障害(MCI)の状態でも、「うつ」症状を併発することがあります。(*13)
「アルツハイマー型認知症」では、患者さんの40~50%の方に抑うつ気分が現れ、10~20%の方は「うつ病」を併発します。(*13)
このように症状が似通っていて入り組んで発症するため、早期発見しにくく、早期治療の大切なチャンスを失いやすくなります。
シニアは、中年から死に至る過渡期を生きています。心も体も若い頃のようには機能しなくなった苛立ちや焦燥を抱え、慢性疾患や経済問題など人生を濃縮した色々な問題も抱えがちです。
何かおかしいと感じたら、心療内科か精神科を受診なさってください。精神科受診に抵抗があれば、かかりつけ医や地域包括センターにご相談なさってください。
あなたのご両親の人生の秋が、あるいはあなたご自身の晩秋が、実り豊かで美しい季節になりますように祈っています。
補注
*1:「地域におけるうつ対策検討会報告書」厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部精神保健福祉課 心の健康づくり https://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/01/s0126-5.html#1
*2:「高齢者「うつ」の原因は?」国立長寿医療研究センター 精神科 安野史彦 https://www.ncgg.go.jp/hospital/navi/15.html
*3:「「うつ病」の4割以上は60歳以上が占める?」『認知症ではなく「うつ」だと知るための50のこと』長谷川 洋著、16~17ページ、https://www.tokuma.jp/book/b635848.html
*4:「高齢者の社会的孤立・孤独と不安・抑うつ」新村秀人 老年精神医学雑誌 第34巻 第2号 特集:高齢者の社会的孤立・孤独とメンタルヘルス 122~128頁、2023年2月
*5:「高齢者の心理的特徴」公益財団法人長寿科学振興財団 健康長寿ネット https://www.tyojyu.or.jp/net/kenkou-tyoju/rouka/sinriteki-tokuchou.html
*6:「資料8-1 高齢者のうつについて 」地域におけるうつ対策検討会 厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/topics/2009/05/dl/tp0501-siryou8-1.pdf
*7:「うつ病の男女差」中高年のうつ病とその予防 医療法人健身会 https://medical-kenshinkai.com/depression#:~:text=%E7%94%B7%E6%80%A7%E3%81%AF50%E6%AD%B3%E4%BB%A3,%E3%81%A8%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%8A%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
*8:グラフ「特-40図 男女別・年代別気分障害総患者数(令和2(2020)年)」内閣府男女共同参画局ホームより引用 https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r05/zentai/html/zuhyo/zuhyo00-40.html
*9:「第4章 認知症の予防 3.うつ予防との関わり」国立長寿医療研究センター病院 精神科部長 服部 英幸 公益財団法人長寿科学振興財団 https://www.tyojyu.or.jp/kankoubutsu/gyoseki/ninchisho-yobo-care/h30-4-3.html
*10:「第2節 高齢期の暮らしの動向(4)4 生活環境 (3) 60歳以上の者の自殺者数は増加」 令和5年版高齢社会白書(全体版)内閣府 https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2023/html/zenbun/s1_2_4.html
*11:「令和5年中における自殺の状況」厚生労働省自殺対策推進室 警察庁生活安全局生活安全企画課 https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/R06/R5jisatsunojoukyou.pdf
*12:「「仮性認知症」とは「うつ病仮性認知症」「仮性痴呆」とも呼ばれ、うつ病などが原因で「記憶力」「集中力」「判断力」の低下など、一見認知症のような症状が現れる状態のことです。 認知症に似た症状があるため間違われることが多いですが、認知症と比べ、気分の落ち込みや意欲の低下、不安感など抑うつの症状が強く見られる特徴があります。」仮性認知症とは? 老人ホーム・介護施設のスーパー・コート https://www.supercourt.jp/topics/about-pseudodementia/#:~:text=%E3%80%8C%E4%BB%AE%E6%80%A7%E8%AA%8D%E7%9F%A5%E7%97%87%E3%80%8D%E3%81%A8%E3%81%AF,%E8%A6%8B%E3%82%89%E3%82%8C%E3%82%8B%E7%89%B9%E5%BE%B4%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
*13:「認知症とうつ病の関係性は?」『認知症ではなく「うつ」だと知るための50のこと』長谷川 洋著、56~57ページ、https://www.tokuma.jp/book/b635848.html
以上