若く輝いていた時代を思い出し、自分を再確認できる回想法で「生きがい感」を高め、記憶力を維持しよう!
ついに2025年となりました。今年は、団塊世代と呼ばれる1947~1949年生まれの先輩方が全員75歳以上の後期高齢者となります。この事態に伴い、介護施設や訪問介護人員の不足、親や祖父母の介護に迫られる方々の増加が予想されます。
介護という初めての事態で途方に暮れる方々のために、浅海直二郎商店はより親切で分かりやすい情報をお届けします。
2025年第1回目は、薬を使わない心理療法として知られている「回想法(かいそうほう)」で認知症の方々の「生きがい感」アップに効果があるかを調査した研究論文(*1)をご紹介します。
1.回想法とはどのような治療法ですか?
回想法は、認知症の薬を使わない治療方法のひとつです。その方の過去の思い出や体験を振り返ることで、脳の活性化や精神的な健康の向上を図る方法です。
過去の話をしたり、思い出の品を見たりすることで脳の血流が増えることが分かっています。老化や認知症などで忘れることが多くなっているシニアでは、回想法で「確認すること」や「思い出すこと」が脳を活性化させます。この効果により、認知症の予防や進行を遅らせる効果があります。
また、回想法は記憶力をトレーニングするためにも有効です。特にシニアや認知症の方の記憶力の維持や改善に役立つとされています。
さらに記憶力の向上だけではなく、一番楽しかったご自身の黄金時代を思い出すことで、心のリハビリテーションや精神の安定にもつながります。
2.中等度~重度認知症で施設暮らしシニアの「生きがい感」にグループ回想法の効果を調べる方法は?
神戸女子大学の津田理恵子先生は、特別養護老人ホームで暮らす認知症のシニアの皆さんが回想法のグループワークを受講した場合、「生きがい感」がどう変化するかを調査しました。(*1)下はその調査の方法と内容です。
①対象者:特別養護老人ホームの入所者で、日中することがなく楽しみに繋がるアクティビティを提供したいと職員から希望があり、かつ家族の同意を得られた方々を2グループに分けて調査。
②Aグループ:93~100歳の女性3人。回想法受講前は、NMスケール(*2)で中等度~重度認知症。
③Bグループ:80~85歳の女性2人と男性1人。回想法受講前は、NMスケール(*2)で中等度~重度認知症。
④回想法の受講方法:回想法の講座を毎月1回60分間受講。
⑤受講期間:
Aグループ:平成22年6月~平成23年3月の期間で合計10回。
Bグループ: 平成23年4月~平成23年9月の期間で合計6回。(開催日の調整がつかず、回数が減ってしまったと注記あり)
⑥回想法の実施方法:
*グループで行う回想法で、メンバーは最初から最後まで同じメンバーに固定。
*各回テーマに合わせた刺激材料として、テーマに合わせた懐かしい品物に自由に触れてもらいながら回想法を行った。
*テーマの選定において2回目以降は、回想法講座の開催中に想起された思い出をヒントに次回のテーマを選定した。
*グループで回想法をおこなっている時の約束として最初に以下の4点について説明した。
*①昔の懐かしい話をたくさん話すこと。
*②楽しい時間を過ごしていきたいこと。
*③話したくないことは話さなくてもいいこと。
*④スタッフや関係者は守秘義務を守ること。
⑦会場:特別養護老人ホームから送迎バスで約15分離れたA大学の研究室。ここには、昭和時代の懐かしい品物が展示してあります。
⑧評価回数と方法:グループ回想法受講前と受講終了時,終了から半年後の合計3回。
受講対象者へ直接質問する評価方法で、信頼性・妥当性が確認されている『生きがい感スケール(K-1式)』(*3)を用い,3回とも同じ介護主任が直接質問する方法により回答を得た。
3.『生きがい感スケール(K-1式)』の得点変化と回想法講座修了後のケアについて
『生きがい感スケール(K-1式)』(*3)の3回のグループ平均得点は以下の通りです。
Aグループ:受講前16.0点、終了時21.0点、半年後21.3点
Bグループ:受講前16.7点、終了時19.7点、半年後15.0点
『生きがい感スケール(K-1式)』の得点は、受講前と比較すると終了時に上昇していて、両グループともにグループ回想法に参加して「生きがい感」が上昇したことが確認できました。このことから、特別養護老人ホームの入所者では回想法効果として、「生きがい感」が上昇することが明らかです。
また、2010年に特別養護老人ホームの入所者13人を3グループに分け、それぞれのグループに5週間ずつ特別養護老人ホーム内で回想法スクールを開催。その効果を検証した結果、全てのグループにおいて回想法スクールを受講した直後のみ「生きがい感」が上昇しました。時間の経過と共に、一度上昇した「生きがい感」が下降することも確認されています(*4)。この調査でも今回と同様の効果が確認できました。
2010年の調査と同じように、グループ回想法の修了半年後には、80代前半のBグループでは受講前よりも「生きがい感」が下がっています。ところが、93~100歳のAグループでは「生きがい感」が終了時よりわずかですが高まっています。
この差はどのようにして生まれたのでしょうか?
それは、継続ケアです。
グループ回想法の終了後、この特別養護老人ホームではAグループの参加者Sさん・Tさん・Uさんに、それぞれの生活歴の話から分かった特技などを活かしたケアや、回想法の技法を活用したケアプランを半年間続けました。
では、回想法を活用した継続ケアとは具体的にどのようなことを行ったのでしょうか?
4.AグループのSさん・Tさん・Uさんに行った回想法を活用した継続ケアの具体例
Sさんへの継続ケア:
①着物の着付け
回想法で、Sさんが呉服屋に生まれ着付けの先生をしていたことがわかったことから、着物の着付けをおこなう機会を設け、着付けを担当してもらった。きりっとした表情で集中して着付けを行う姿がみられました。
② 詩吟の披露
回想法で、詩吟の先生と小学校の先生をしていたことがわかったことから、老人ホームで詩吟の発表会を催しました。発表会の準備に向けてSさんは毎日集中して詩吟の練習に励み、施設内のイベントで披露。詩吟を発表した際には、他の入所者さんから誉められ笑顔がみられました。
Tさんへの継続ケア:
①ボランティアによる個別の回想法
介護職員とのコミュニケーションでは、自分から思い出を話すことがなかったため、地域住民のボランティアによる個別回想法を1週間に1回おこないました。その時には、ご両親や子供の頃の思い出を思い出し、時には涙を流しながら積極的に話す様子がみられました。
Uさんへの継続ケア:
①手紙の交換
Uさんは手紙を書くことが好きでしたが、ここ数年手紙を書かなくなっていたことから回想法講座のスタッフと手紙の交換をおこないました。毎回、出身地の絵葉書や綺麗な便箋に自分の思いを綴る様子がみられ、介護職員にも積極的に手紙の話をする様子がみられるようになりました。
②出身地の話題でコミュニケーション
介護職員とのコミュニケーション場面でも、出身地の思い出を笑顔で話すことが多かったことから、出身地の写真を用いて思い出に働きかけました。写真を見ながら懐かしいと子供の頃の話を懐かしそうに話す姿がみられました。
S・T・Uさん共通の継続ケア:
①回想法講座の写真を用いたコミュニケーション
入眠前など精神的に落ち着かない場面で精神的安定を図るため、回想法講座で作成した「思い出のアルバム」を用いてコミュニケーションを図りました。出身地・子供の頃の思い出・家族の思い出などを笑顔で語る姿がみられました。
②化粧
女性らしさを活かし、気分の高揚を図る目的でお化粧をおこないました。各自が自分で塗りたいチークや口紅の色などを選択し、化粧後に誉められると笑顔がみられました。
③いかなご作りなどの調理
調理では、ご自分たちでいかなごを作り、作り立てのいかなごを「美味しい」と試食。また「昔はよく作った」などの発言が聞かれました。
④回想法講座の同窓会
回想法講座のスタッフと久しぶりの再会を喜ぶ声が聞かれ、日頃の様子を楽しそうに話す姿が見られました。最後は、次回の同窓会に参加するのを楽しみにしているという声も聞かれました。
5.「生きがい感」を高めることが出来る回想法と効果の限界
回想法では、1人ひとりの思い出に意図的に働きかける過程を通して、聴き手は傾聴し、受容し、共感していきます。長い人生を生きてきたシニアにとって、思い出は誰にでも存在する宝物です。
認知症を患っていても最後まで残ると言われている手続き記憶やエピソード記憶を回想法では活用でき、普段思いだすことがなかった大切な思い出を、刺激材料を活用しながらひも解いていくことで想起されることも多いです。
『生きがい感スケール(K-1式)』を開発した近藤勉先生によると、「生きがい感は主観であり、ほとんどの場合、生きがいの対象が生きがい感に影響を与えている」そうです。
特別養護老人ホームで入所生活を送る高齢者にとって,昔の思い出を他者と語り合う時間を設けることが,生活の中で楽しいと感じる時間を過ごすことにつながり,回想法スクールが生きがいの対象となり,生きがい感に影響を与えたと考える。
これらのことから,今回の対象者は3名ずっと少人数での結果ではあるが,回想法スクールに参加したことは,日々の生活において生きがいの対象の獲得となり,生きがい感の上昇につながると捉えることができる。
と、津田先生は論文の中で記しています。
けれど、回想法による一時的な刺激によって活発に働くようになった効果・機能は、半年も継続しないことが確認されています。今回の調査結果でも、継続ケアを受けなかったBグループでは一時的に改善した「生きがい感」が持続せず、半年後には回想法を受講する前よりも低下しています。
2010年の特別養護老人ホームの入所者13人を3グループに分けて回想法を行った津田先生の調査(*4)でも『生きがい感スケール(K-1式)』の以下の3項目が、回想法の直後だけ改善されています。
- 「私には施設内・外で役割がある」
- 「世の中がどうなっていくのかもっと見ていきたいと思う」
- 「私は家族や他人から期待され頼りにされている」
ところがAグループでは、回想法の終了後も継続ケアを受け続けたことから、「生きがい感」がわずかですが上昇し続けています。つまり、津田先生の論文から以下の2点がわかります。
1.回想法は、「生きがい感」を上昇させることができる
2.回想法の効果を持続するには、その方の特技や趣味などを生かし、役割や他人からの期待を感じられる継続ケアが必要。
このように効果がある回想法ですが、素人が安易に真似をすることは危険です。
回想法の技法習得には,講義や演習を取り入れた講座などが開催されており,どの講座においても短時間で終了する講座は見当たらず,基礎編,応用編と回を重ね時間をかける中でその技法を習得していく講座が多い。
その理由として,1人ひとりの思い出に意図的に働きかけ,傾聴・受容・共感するには専門的なスキルが必要で,思い出に働きかけても傾聴・受容・共感されない場合,精神的な満足感にはっながらず,認知症を患っている場合は混乱が悪化してしまう場合もある。
と津田先生も論文の中で注意喚起なさっています。
では、回想法をうけたい場合はどうすれば良いでしょうか?次回、1月17日に回想法を行っている自主グループや図書館などの情報をまとめたブログをおとどけします。
謝辞:津田理恵子先生をはじめとして、認知症の臨床・研究・介護に従事なさっていらっしゃる全ての皆様に感謝するとともに、認知症の患者さんとご家族がより良い時間を過ごせますよう、すべての医療・介護従事者の皆さまの益々のご活躍・ご発展を祈念します。
懐かしい写真たち:昭和20~30年代の懐かしい日常生活品の写真は、北名古屋市歴史民俗資料館「昭和日常博物館」のホームページで公開されている”紙上展覧会へようこそ”から拝借いたしました。素晴らしい写真をありがとうございます。なお、次回1月17日のブログでも引き続き、「昭和日常博物館」の”紙上展覧会へようこそ”からお借りした写真をお届けします。
「昭和日常博物館」ホームページ:https://www.city.kitanagoya.lg.jp/rekimin/index.php
「昭和日常博物館」住所:〒481-8588 愛知県北名古屋市熊之庄御榊53
補注
*1:論文「特別養護老人ホームにおける回想法の実践 一 継続支援による生きがい感の変化と今後の方向性一」 神戸女子大学 社会福祉学科 准教授 津田理恵子 神戸女子大学 2013 『神戸女子大学健康福祉学部紀要』https://suica.repo.nii.ac.jprecord/687/files/05_5_%E5%8E%9F%E8%91%97_%E7%A5%9E%E6%88%B8%E5%A5%B3%E5%AD%90%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E5%81%A5%E5%BA%B7%E7%A6%8F%E7%A5%89%E5%AD%A6%E9%83%A8%E7%B4%80%E8%A6%81.pdf
*2:NMスケール:正式名称「N式老年者用精神状態尺度」これは長谷川式が主に記憶力の低下のチェックを行うのに対して日常生活における行動を多角的に観察するスケールです。NMスケールでは被験者のおよその精神状態を点数化します。検査場所を選ばず、非協力的な被験者や視聴覚障がいのある患者に対しても検査を行うことができる簡易テストです。NMスケールの評価項目は全部で5つです。「家事・身辺整理」・「関心・意欲・交流」・「会話」・「記銘・記憶」・「見当識」の項目で評価されます。これらの各項目をさらに7段階に区分して点数をつけます。この点数を合計して認知症の重症度をはかります。【認知症評価スケールについて】 老人ホームの検索・紹介・入居相談なら【ウチシルベ】 https://www.osumai-soudan.jp/column/column76.html
*3:『生きがい感スケール(K-1式)』高齢者向け生きがい感スケール(K-1式)は4構成因子(①「自己実現と意欲」因子、②「生活充実感」因子、③「生きる意欲」因子、④「存在感」因子)16質問項目より構成されており、その基準関連妥当性や概念的妥当性ならびに信頼性が確かめられている。
各質問項目について、「1.はい(2点)」「2.どちらでもない(1点)」「3.いいえ(0点)」の3段階評定(逆転項目は点数が逆転)で回答を求め、点数化した。論文「高齢者向け生きがい感スケールの因子構造とその得点の検討」より、https://ypir.lib.yamaguchi-u.ac.jp/yp/354/files/143761
*4:論文「グループ回想法の介入効果一特別養護老人ホーム入所者の生きがい感ー」津田理恵子. 厚生の指標 第56巻第10号 2009年9月15日. 一般財団法人厚生労働統計協会 https://www.hws-kyokai.or.jp/cfqpgcyu/1167_f
以上