苦しんでいる介護者と怯えてるお年寄りがより良く暮らせる方法を探すために、地域包括支援センターに相談しましょう!(中編)
先週3月14日前編では、ウチの母が父を虐待していた話と市区町村の虐待担当窓口や地域包括支援センターなどは寄せられた情報について守秘義務がある話、そして都道府県の虐待対応事例集から実例を1つ紹介しました。この中編では、前編に続いていろいろな虐待に対応した実例を紹介します。
1.虐待対応事例集から実例を紹介します
自宅介護で生まれてしまう虐待は複雑です。過去からの家族のいきさつや恨み・つらみ、あるいは依存関係がからみあっています。それでも専門家チームが、家族全員がより良く暮らせる方法を探した実例を紹介します。
①70歳代女性Bさん(要介護1、通所リハビリ週2回利用)、長男家族(夫婦と息子)と同居
Bさんの孫が就職し家を出て行った2年前頃から、Bさんに骨折や外傷がみられるようになりました。理由をBさんに尋ねると「転んだ」としか言わないので、傷は転倒によるものと思われていました。
Bさんは気丈で頑固なところがあり、家族の悪口や愚痴は一切話さないので、長男夫婦と円満な印象を周囲に与えていました。ところが、時計の修理や年金の申請手続きなど家族に頼めることも、ケアマネジャーに依頼していました。
さらに担当していたケアマネジャーは、Bさんの自宅を訪問するたびに「虐待を受けているのでは?」と感じていましたが、事実を確認できないまま2年が経過。
ケアマネジャーが虐待を疑い始めた年から2年後の夏頃より、Bさんは毎月のように打撲や転倒による怪我で入院・治療を繰り返すようになりました。けれどBさんは「自分で転んだ」「自分が悪いからだ」を繰り返すばかり。
ついにBさんは緊急入院の事態となり、ケアマネジャーは主治医に、虐待の事実確認と証拠写真のためにBさんの入院時に本人の顔や体の写真撮影をお願いしました。
ところが、主治医は断ります。「世間ではすぐに虐待と騒ぎたてるが、本人がまた自宅に戻って生活を続けることを考えると、騒ぎ立てることはできない。そういう視点で捉えないほうが良い。下肢の筋力低下による転倒打撲のために入院すれば、治療し、リハビリで筋力アップを図る。退院時には、家族に施設入所を勧めるから。」との回答でした。3ヵ月後、Bさんは退院し自宅に戻りました。
主治医の協力を得られなかったケアマネジャーは、長男夫婦へ働きかけ、介護負担を軽減できるショートステイの利用や施設入所の情報を紹介したり、介護の悩みや苦労を聞いて、見守っています。また、通所リハビリの担当者もBさんの体重測定や身体状況、精神状況、衣服の状態などの観察と記録を続けています。
Bさんがお住いの地域は狭く、長男夫婦がBさんを虐待していたらしいと噂が広まれば、とても住み続けられない地域性があるそうです。この地域特性の影響か、主治医の協力も得られず、Bさんも虐待を否定。
他の事例では、自宅で虐待を受けていたお年寄りが「家に帰りたくない」とデイサービスで泣き出して発覚しています。
Bさんからの告発が無いので問題化できず、ケアマネジャーは長男夫婦への働きかけを続けています。これもその地域の事情に即した対応策です。
行政は、虐待している側も問題を抱えている点にも留意し、その解決・改善に努めます。
②70歳代男性Cさん(要介護2、デイサービスを利用)、次男夫婦と同居
地域包括支援センターに、デイサービス事業所から「利用者Cさんの顔、腕に殴られたようなあざがある」との通報が入りました。
市区町村の虐待対応担当者に連絡し、直ちに対応について協議を行い、介護支援専門員(ケアマネジャー)にCさん宅を訪問してもらい、次男への状況確認を依頼しました。
訪問した介護支援専門員からは「次男にあざのことをたずねたところ『父はデイサービスから帰り、今は疲れて寝ています。あざは何だか転んだみたいですね。』との答えでした。何か困っていることがあれば相談してほしいと伝えたところ、『わざわざすみません。』としっかりと受け答えをしていたので心配ありません」と報告されました。
市区町村の虐待対応担当者と地域包括支援センターは、この場合は緊急性は低く、介護保険サービス利用の継続で様子を見ていくことと決定。
ところが 3 日後、デイサービスにやって来たCさんに新しいあざが発見されました。
今度は、市区町村の虐待対応担当者と地域包括支援センター職員が事実確認を行い、専門家会議を開催。Cさんの場合は危険性が高いと判断し、「やむを得ない事由による措置」を適用し、特別養護老人ホームへの短期入所を実施しました。(以下省略)
この「やむを得ない事由による措置」は、老人福祉法が規定しているスペシャルカード。例えば、要介護の65歳以上の方に生命の危険があり緊急に避難が必要な場合や、お年寄りが虐待により一時的に心身が悪化しているが、要介護認定を受けられるかどうか判断できない時でも、虐待を行う人から離して保護する必要があれば、養護老人ホームや特別養護老人ホームなどに「やむを得ない事由による措置」の適用で、一時的に入所できます。
もしもあなたが命にかかわるような虐待を見かけたら、迷わず市区町村窓口か地域包括支援センターに通報なさってください。
③70歳代のDさん夫婦 (要介護認定の申請なし)、夫婦のみの2人世帯
地域包括支援センターに、Dさん宅の隣人から相談がありました。「隣のDさんのおばあちゃんが、近所の庭に生ゴミを撒いて周りで問題になっているんです。10年位前から様子がおかしく、最近はいくら注意しても意味がわからないのか、おびえたように逃げていってしまいます。
おじいちゃんには何度か病院に連れていくよう勧めましたが、受診もさせていない様子で、他人の家のことに口を出してくれるなと怒鳴られました。
この 2 週間ほどは姿も見ていないし、食事もどうしているのかわからず、心配です。」
市区町村の虐待担当部署と地域包括支援センターは、事実確認を行うための協議をおこない、訪問前に訪問理由や確認事項・セリフなどを共有・確認しました。
○訪問者 :妻の認知症状について見極めるため、市の健康診断の説明も兼ね、市の保健師と地域包括支援センターの社会福祉士が訪問する。
○訪問日時:夫の犬の散歩時間の終わる頃(午前 8 時半頃)
○訪問理由:通報の件は伏せ、市の健康診断未受診高齢者への保健指導を理由に訪問する。
○その他 :
・事実確認時の質問、観察すべき点(本人の身体状況や生活状況、話の内容、表情、夫の態度等)を事前に共有。
・市担当部署は、妻を夫から離して緊急に保護する必要がある場合を想定して、準備しておく。
<声かけのセリフと事実確認をおこなう当日の進め方(市の保健師と社会福祉士2人で訪問)>
①「おはようございます。市役所の保健師の○○です。75 歳以上の方で、市の健康診断を未受診なので気になって来ました。ちょっとお話をうかがわせてください。」
≪ポイント≫
〇市区町村の保健担当が、保健指導で訪問したことを明確に伝えることで、初対面での不信感や、不安を解消し、理解を得る。
〇訪問の目的は虐待を認めさせることではなく、奥さんやご主人の置かれている状況を把握すること。養護・介護する人の辛さに寄り添うことで、新たな情報が引き出せるよう配慮する。(以下省略)
Dさんの事例を読んで、感激しました。市区町村の虐待担当部署と地域包括支援センターの方々は、このように綿密に計画して対応なさっていらっしゃるんですね。安心して通報できます。虐待の通報や相談が、家族全員がより良く暮らす方法を探すための最初の1歩だと納得できます。
④70歳代男性のEさん (要介護4、脳梗塞後遺症で右半身完全麻痺、通所リハビリと訪問介護)、長男と2人世帯
Eさんは脳溢血の再発作で入院し、退院後は訪問介護を利用していました。ところが料金滞納で水道が止まり、食材やオムツ、暖房用の灯油もない状況。訪問介護のヘルパーが、同居の長男に購入を依頼しても無視。
困り果てて、親族であるEさんの妹さんと担当ケアマネジャーが、基幹型在宅介護支援センター(*1)と法務局(*2)に相談しました。
長男は日中は働いていて、Eさんの介護は1日3回の訪問介護に任せっきり。夜と朝のオムツ交換や服薬管理、床ずれを防ぐための体位交換をお願いしても黙殺状態。一人では起きることも歩くことも出来ないEさんは、通所リハビリに行くと「帰りたくない」と泣いて訴えることが度々ありました。
長男はパチンコにのめり込み、複数の金融業者から取り立てにあっています。公共料金も医療費・介護保険料も滞納し、Eさんの年金を流用して自分の借金返済や生活費に充てている状態です。
半年以上も医療費・介護保険料を滞納しているせいで、Eさんを入院させることも新たな介護保険サービスを追加することもできません。また、過去に長男が起こした金銭トラブルから親族の協力も得られません。
相談を受けた法務局は「子の親に対する虐待として人権擁護の担当機関が動かなければならないケース」と判断し、市区町村に事実確認の協力依頼を行いました。
ケアマネジャーはEさんの妹と親族に、Eさんの命が危機に瀕している大問題だから金銭と食材や灯油などの差し入れを繰り返しお願いし続けました。
長男にも再三再四に渡り、食材・オムツ・暖房用灯油などの必需品の購入を依頼し続けましたが、なしのつぶて。生返事だけで、話し合いにも応じません。
長男は多額の借金に苦しみ、Eさんの年金でやっと生活している状態でした。
打開策が見つからないケアマネジャーは、訪問介護のヘルパーに細部まで見落とさない事実確認と、Eさんの身体異常の早期発見と、いつでも緊急事態に対応できる心がまえでケアにあたるようお願いしました。
親族との話し合いを何度も何度も繰り返した結果、ついにEさんの妹が協力することとなり、Eさんの年金管理を妹が行うという条件でEさんが生活保護を受けられると決まりました。
生活保護受給により、Eさんは介護保険サービスと医療が受けられることとなり、やっと生命の危機を脱しました。(以下省略)
在宅介護支援センターには、身近な地域での相談などをおこなう「地域型在宅介護支援センター」と、地域型在宅介護支援センターの総括や支援などをおこなう「基幹型在宅介護支援センター」があります。(*1)
Eさんのケアマネジャーは、いろいろな機関との連携や支援が必要と判断し、「基幹型在宅介護支援センター」に相談しました。また「法務局」は、法務省が地方に置く組織の一つで、人権相談や人権侵犯事件の調査処理など人権擁護活動を行っています。
Eさんのような複雑な場合でも、いろいろな機関や部署が連携しあい、家族全員がより良く暮らせる方法を探しつづけます。
早期発見は悲惨な事故を防ぎます。対応事例でも新聞配達員や隣家の奥様、美容院や牛乳配達員からの通報や相談で、虐待が発覚しています。
そして残念なことに、介護や養護をなさっている近親者からの虐待のほうが、10倍以上多いです。令和5年度の調査では、市町村が介護・養護者から虐待を受けたと判断した件数は、17,100 件。施設やサービス事業所の職員による虐待が認められた件数は 1,123 件です。(*3)
家の中での虐待は、施設やサービス事業所よりも発見されにくく、実際はもっと多いのかもしれません。
どうか何か異変を感じたら、市区町村の相談窓口や地域包括支援センターへ連絡・相談なさってください。家族だけでは解決できない状況を、専門家チームがご家族全員がより良く暮らせる方法を探してくださいます。
次週3月28日後編では、虐待対応事例集から最後の実例を1つと虐待の「早期発見に役立つ12のサイン」をお届けします。
以上
補注
*1:「在宅介護支援センターとは:在宅でのくらしや介護について不安や悩みをもつ高齢者やその家族に対し、在宅介護などに関する総合的な相談に応じ、ニーズに対応した各種の保健・医療・福祉サービスが総合的に受けられるよう調整をしています。」 東京の福祉オールガイド https://www.fukunavi.or.jp/fukunavi/eip/20kuwashiku/04k_kourei/zaitakukaigoshiensenta.html
*3:「令和5年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果」厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_48003.html
参考資料
厚生労働省「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について(国マニュアル)」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000200478_00002.html
神奈川県「養護者による高齢者虐待対応事例集」https://www.pref.kanagawa.jp/docs/u6s/cnt/f3673/p1082151.html
栃木県「栃木県高齢者虐待対応マニュアル」https://www.pref.tochigi.lg.jp/e03/welfare/koureisha/fukushi/1271757363316.html
青森県「高齢者虐待対応事例集(改訂版)」https://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/kenko/koreihoken/jireisyuu-kaiteiban.html
以上