認知症の嫉妄はなぜ起こる?63歳男性に現れた“心の変化”と若年性アルツハイマーの初期症状【前編】
(Ralph/Pixabay)
「浮気をしているに違いない」——根拠がないのに確信してしまう“嫉妬妄想”。
認知症の行動・心理症状(BPSD)の中でも、家族の心を深く傷つけ、対応が非常に難しい症状のひとつです。
しかし、ある63歳の男性は、医師の丁寧な対応によって 嫉妬妄想が完治 しました。
本記事では、橋本 衛先生(近畿大学医学部 精神神経科学教室)の論文をもとに、「完治」に至った前半の経過をわかりやすく紹介します。
専門用語は補注にまとめてありますので、本文は安心して読み進めてください。
1.Rさん(63歳)が受診に至るまでの背景
● 主な訴え
日付がわからなくなってきた。
● 生活歴
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大学卒業後、市役所に就職し60歳で定年。
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退職後は自治会役員として活動し、地域の中心的存在。
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子どもは独立し、妻と2人暮らし。妻はパートで日中不在が多い。
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夫婦ともに過去の不貞は一切なし。
● 現れ始めた変化
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2年前頃:集金の計算を間違えるようになり、仕事に支障が出てきた。
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1年前頃:漢字の書き間違いが増え、妻の勧めで受診。
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生活動作や車の運転には大きな問題はなし。
2.初診時にわかった状態
● 見た目・態度
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穏やかで礼儀正しく、質問にも的確に回答。
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自分の衰えを自覚しており「複雑な作業が難しい」と話す。
● 認知機能の変化
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最近の出来事が思い出しにくい 記憶障害
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(5+7)を間違える 計算障害※5
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ひらがなが書けない 書字障害
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立方体を書けない 構成障害※6
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神経学的診察では器質的な大きな異常なし
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MMSE※1は19点(軽度の認知症)
3.脳の画像検査で明らかになったこと
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MRI:両側頭頂葉と海馬に萎縮を確認
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脳血流シンチグラフィー※2:頭頂葉・側頭葉・前頭葉・後部帯状回※3で血流低下
これらの所見から、能力はまだ保たれている部分も多いものの、認知機能の低下は確実に進行していると判断されました。
4.診断と治療、そして経過
● 診断
複数の認知領域の低下、ゆるやかな進行、画像所見から
→ 若年性アルツハイマー病※4
● 治療内容
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抗認知症薬の処方
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2週ごとの通院と作業療法(計算・書字の訓練)
● 1年後の変化
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MMSEが 19点 → 16点 に低下
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計算障害・構成障害が進行
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運転は可能だったが、認知機能悪化のため 「運転中止が望ましい」と医師が説明
● 運転中止後の変化
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2週間後の診察で、表情が暗く、活気がなく、抑うつ的※7 に。
この「心の落ち込み」が、やがて嫉妬妄想へつながっていきます。
次回の後編で、なぜ妄想が生まれ、どうやって完治に至ったのか を詳しく紹介します。
【謝辞】
橋本 衛先生、並びに認知症の臨床・研究・介護に従事されるすべての皆様に敬意を表します。
🔻 【補注】前編に対応する補注一覧
☆論文「初期認知症患者の心理と BPSD 」橋本 衛 近畿大学医学部 精神神経科学教室 近畿大医誌(Med J Kindai Univ)第47巻1・2号 3〜9頁 2022年 近畿大学学術情報リポジトリ https://kindai.repo.nii.ac.jp/record/22622/files/AN00063584-20220624-0003.pdf
以上


