認知症の嫉妬妄想は治る|63歳男性の妄想が“完治”した専門医の治療法【後編】

「妻に男がいる」と暴れる認知症の嫉妬妄想が、完治できた実例を紹介します!(後編)

(Nadine Doerlé/Pixabay)

アルツハイマー型認知症の行動・心理症状(BPSD)のひとつに 嫉妬妄想※8 があります。
事実ではないのに「浮気している」と確信し、訂正が効かないため、家族に深い傷を残す症状です。

前編では63歳・Rさんの認知機能の低下と、運転中止が必要になった経過を紹介しました。
後編では、「どうして嫉妬妄想が生まれたのか」「どのように完治したのか」を、橋本 衛先生の論文をもとにわかりやすく説明します。


1.嫉妬妄想が現れた理由

運転中止を告げられた後、Rさんの心に大きな変化が生まれます。

● 運転中止後に起きた変化

  • 妻が家事で2階にいると
     →「男が来ていたのか!」と詰問するようになった

  • 「お前たちは自分を邪魔者にしている」と言い出す

  • 「妻に男が通っている」「俺を馬鹿にしている」と興奮し、妻につかみかかるようになる

  • 妻は怖くなり、作業療法士に相談

● 橋本先生が立てた“心の仮説”

Rさんの内側では、次のような心理が積み重なっていました。

  1. 初診時から「複雑な作業ができない」と落ち込みを抱えていた

  2. 運転中止という大きな喪失体験

  3. 働き続ける妻への 強い劣等感

  4. 「何もできない」「迷惑をかけている」という自責の念

  5. しかし、自分を責め続けることに耐えられなくなる

  6. 心を守るために立場を逆転
     →「妻が悪い」「自分は被害者だ」というストーリーを作り出す

つまり嫉妬妄想は「攻撃性」ではなく、
自尊心を守ろうとする“心の防衛反応” だったのです。


2.Rさんの嫉妬妄想に対する治療と経過

橋本先生は、この心の仮説に沿って 「喪失感」と「劣等感」をケアする方向に治療方針を変更しました。


【治療方針】

Rさんの喪失感を癒し、妻への劣等感を小さくしていく。


【治療内容】

① 家族への説明と協力依頼

Rさんの妄想の「仕組み」を家族に丁寧に説明し、次の協力を依頼しました。

a. 自己肯定感を回復させる声かけ

「お父さんがいてくれて助かるよ」
「あなたのおかげで家がまわっているのよ」
——など、Rさんを尊重する言葉を意識的に増やす。

b. 妻の単独外出を控える

1人外出が嫉妬妄想の引き金になるため、妄想が落ち着くまでは控える。

c. 別居している長男へ「緩衝役」を依頼

  • なるべく実家に顔を出し、夫婦が孤立しないようにする

  • 母の相談相手になり、精神的負担を軽くする

d. 作業療法の見直し

計算や書字の訓練は「できないこと」を痛感させるばかりだったため、
達成感を得られる内容へ変更

e. 薬物療法

妄想への有効性が示されている
「リスペリドン」※9 を開始。


【治療の結果】

家族の協力、作業療法の変更、薬物療法の3つを組み合わせた結果、

👉 Rさんの嫉妬妄想は約3か月で消失

👉 その後一度も再燃せず、穏やかな在宅生活を継続

嫉妬妄想の“完治”はまれであり、このケースは非常に貴重です。


3.「認知症とともに生きる」をあきらめない

認知症が進むと、歯磨きや食事など、日常動作も難しくなっていきます。
この現実を前に、「認知症医療は、早期発見・早期絶望」という言葉すら生まれるほど。

それでも橋本先生は論文を次の言葉で締めくくっています。

「話を聞いて欲しい」「病状を説明して欲しい」「気持ちを汲んで欲しい」
 この要望には応えることができるはずだ。」

「認知症と診断されて希望を失った患者が、
 『認知症とともに幸せに生きて行こう』と決意できる支援が必要である。」

このケースから私たちが学べるのは、
「妄想の向こう側には、本人の心の痛みがある」ということ。

認知症介護は苦しい。
しかし、心に寄り添ってくれる専門医が必ずいます。
漢方や心理的アプローチで改善を目指す先生もいます。

どうかあきらめず、
あなたとご家族が「認知症とともに生きる幸せ」を探していけますように。


【謝辞】

橋本 衛先生をはじめ、認知症の臨床・研究・介護に従事されているすべての皆さまに深く感謝申し上げます。

「妻に男がいる」と暴れる認知症の嫉妬妄想が、完治できた実例を紹介します!(後編)

(Ellen Chan/Pixabay)

🔻【補注】(後編の補注一覧)

 *8: 嫉妬妄想: 浮気をしていないのに「浮気している」と確信してしまうBPSDの一種。訂正や説得が効かないことが特徴。 https://www.mcsg.co.jp/kentatsu/dementia/4812

*9: リスペリドン: 抗精神病薬の一種で、幻覚・妄想・興奮などの症状を抑えるために用いられることがある。 https://www.ncgg.go.jp/dementia/cure/025.html

論文「初期認知症患者の心理と BPSD 」橋本 衛 近畿大学医学部 精神神経科学教室 近畿大医誌(Med J Kindai Univ)第47巻1・2号 3〜9頁 2022年 近畿大学学術情報リポジトリ https://kindai.repo.nii.ac.jp/record/22622/files/AN00063584-20220624-0003.pdf

橋本 衛先生の “ 認 知 症における嫉 妬 妄 想 治 療マニュアル”

https://www.bpsd-map.com/download/data/bpsd_8.pdf

このマニュアルは、嫉妬妄想が生み出される心の動きを理解し、その原因を取り除くこと、特に患者さんの劣等感への対応を重視したそうです。かなり専門的ですがご興味があれば、上のURLからダウンロードなさってください。

以上

 

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