高齢者虐待の相談先と行政の動き|家族介護の4つの実例から学ぶ支援の受け方【中編】
🌿― 地域包括支援センターに相談しましょう(中編)―
🔎この中編で伝えたいこと
前編では、
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わが家で起きていた「母による父への虐待」
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市区町村の虐待窓口や地域包括支援センターには守秘義務があること
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養護者による「介護放棄・放任」の事例
を紹介しました。
この中編では、都道府県の虐待対応事例集に掲載された実例 をもとに、
「虐待が疑われるとき、現場ではどのように動いているのか」
を、できるだけわかりやすくお伝えします。
1.虐待対応事例から見える“家族の苦しさ”
自宅介護で起こる高齢者虐待には、
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長年の家族のいきさつ
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恨みやわだかまり
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経済的な不安・借金
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夫婦・親子の依存関係
など、たくさんの要素が絡み合っています。
それでも、地域包括支援センターやケアマネジャー、医療・福祉・行政の専門職がチームで支えることで、家族全員が「少しでもマシな状態」に近づいた事例 がたくさんあります。
ここからは、代表的なケースを4つご紹介します。
2.ケース①:骨折やあざを繰り返すBさん(70代女性)
●状況
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70代女性Bさん(要介護1)
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長男家族(夫婦と息子)と同居
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通所リハビリを週2回利用
孫が就職して家を出た頃から、Bさんに骨折や外傷が増え始めました。
理由をたずねると、いつも「転んだだけ」と説明します。
Bさんは気丈で頑固な性格。
家族の愚痴や不満を一切話さないため、周囲からは「仲の良い家族」に見えていました。
しかし、
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時計の修理
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年金の手続き
など、本来は家族に頼めそうなことも、すべてケアマネジャーに依頼 していたのです。
🩺ケアマネジャーが感じた違和感
自宅訪問を続けるうちに、ケアマネジャーは
「もしかして虐待を受けているのでは?」
という疑いを持つようになりました。
ところが、確実な証拠がなく、Bさんも「自分が悪い」「自分で転んだ」と言い張ります。
そのまま2年が経ち、Bさんは毎月のように“転倒による怪我”で入院するようになりました。
ケアマネジャーは主治医に、
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虐待の有無の確認
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入院時のあざや傷の記録(写真)
を依頼しましたが、
「本人はまた自宅に戻る。ここで“虐待だ”と大きく騒ぐとかえって生活が続けにくくなる」
といった理由から、協力を得ることはできませんでした。
👀それでも、見守りを止めない
主治医の協力が得られない中でも、
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長男夫婦にはショートステイや施設入所の情報提供
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通所リハビリでは、体重・傷の状態・服装・表情などを細かく観察・記録
を続けています。
Bさんの地域は、
「一度“虐待の家”と噂が立つと住みづらくなる」
という、いわゆる“田舎の目”が厳しい地域でした。
そのため、
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Bさん本人は虐待を否定
-
主治医も慎重
という事情が重なり、はっきり「虐待」と認定できないまま、関わりを続ける という選択がとられています。
ここでは、
「今すぐ解決」ではなく、
“見守りと記録を続けながら、いつでも動けるように備える” という対応が行われているのです。
3.ケース②:あざを繰り返すCさん(70代男性)
●状況
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70代男性Cさん(要介護2)
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次男夫婦と同居
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デイサービスを利用
デイサービスの職員が、Cさんの顔や腕に、殴られたようなあざ を見つけ、市区町村の虐待担当窓口に通報しました。
🧩最初の訪問では“問題なし”に見えたが…
ケアマネジャーがCさん宅を訪問し、次男に状況を確認しました。
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「転んだみたいですね」
-
「何か困っていたら相談します」
と、次男は落ち着いて答え、受け答えもしっかりしていました。
そのため、その時点では緊急性は低い と判断され、「介護サービス継続・様子を見る」という方針になりました。
ところがその3日後、
再びデイサービスで新しいあざが見つかります。
🚨命を守るための“緊急避難”
今度は市区町村の虐待担当と地域包括支援センター職員が直接確認。
専門家会議をひらいた結果、
「危険性が高い」と判断され、特別養護老人ホームへの短期入所(緊急避難)が決定 しました。
このとき使われたのが、
老人福祉法に定められた 「やむを得ない事由による措置」 です。
これは、
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命にかかわる危険がある
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虐待により心身の状態が急激に悪化している
-
要介護認定がまだでも、とにかく今、安全な場所に避難させる必要がある
というときに、一時的に施設入所できる“スペシャルカード” のような仕組みです(詳しくは補注*1参照)。
4.ケース③:近所の人が“異変”に気づいたDさん夫婦
●状況
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70代夫婦(二人暮らし、要介護認定なし)
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妻には認知症の疑い
地域包括支援センターに、隣人から相談が入りました。
「隣のDさんのおばあちゃんが、近所の庭に生ごみを撒いてしまい、困っています。
前から様子がおかしく、最近は声をかけてもおびえて逃げてしまいます。
おじいちゃんに受診を勧めても、『他人が口出しするな』と怒鳴られてしまいました。
この2週間、姿を見ておらず、食事もどうしているのか心配です。」
🧭訪問も“作戦会議”をしてから
市区町村の虐待担当部署と地域包括支援センターは、
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誰が訪問するか
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どの時間帯に行くか
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どういう理由で訪問するか(通報されたとは言わない)
-
どんな点を観察するか
を事前にしっかり打ち合わせしてから、訪問に向かいました。
訪問には、
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市の保健師
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地域包括支援センターの社会福祉士
がペアで向かいます。
🗣声かけのポイント
「虐待されたかどうかを問い詰める」のではなく、
まずはこう声をかけます。
「おはようございます。市役所の保健師の○○です。
75歳以上で健康診断を受けていない方には、訪問してお話を聞いているんです。」
こうすることで、
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「市の健康相談」という形で自然に家へ入り
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夫婦の暮らしぶりや健康状態、表情や言動などをさりげなく確認
できるようにしています。
このケースで印象的なのは、
「通報を受けたから来ました」と言わずに、相手のプライドを守りながら状況を把握する姿勢 です。
5.ケース④:借金に苦しむ長男と、命の危機にあったEさん
●状況
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70代男性Eさん(要介護4)
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脳梗塞後遺症で右半身まひ
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通所リハビリ・訪問介護を利用
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長男と二人暮らし
Eさんは再発した脳の病気で入院後、訪問介護を利用していましたが、
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水道料金の滞納で水が止まる
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食材もオムツも灯油もない
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長男はヘルパーの依頼を無視
という、命の危険がある状態 に陥っていました。
一人では起き上がることもできないEさんは、
通所リハビリで「帰りたくない」と泣きながら訴えることも多かったそうです。
💸長男もまた“追い詰められていた”
長男はパチンコにのめり込み、
複数の金融業者からの取り立てに追われていました。
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公共料金
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医療費・介護保険料
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介護サービス料
なども滞納し、Eさんの年金を自分の借金返済と生活費に流用していました。
その結果、
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入院の継続も
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新たな介護サービスの追加も
できない状態に。
過去のトラブルから親族の協力も得られず、
ケアマネジャーは基幹型在宅介護支援センター(*2)や法務局(*3)にも相談しました。
🤝それでも、あきらめずに連携を続ける
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親族への繰り返しの働きかけ
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長男への粘り強い依頼
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ヘルパーには「少しの変化も見逃さない観察」を依頼
こうした積み重ねの末、
ついにEさんの妹が、年金管理を引き受けることに同意してくれました。
その結果、Eさんは生活保護を受給できるようになり、
-
介護保険サービス
-
医療
を再び受けられるようになって、命の危機を脱することができました。
6.虐待は「家族だけの問題」ではありません
これらの事例からわかるのは、
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虐待する側も、経済的・精神的に追い詰められている
-
本人や家族には虐待の自覚がないことが多い
-
医療・福祉・行政・法務局など、複数の機関が連携して支えている
ということです。
そして、最初の一報を入れているのは、必ずしも家族ではありません。
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新聞配達員
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隣家の方
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美容師
-
牛乳配達員
など、いろいろな立場の人が
「ちょっとおかしいな?」
と気づいて相談したことから、虐待が発覚している例が多くあります。
7.数字が示す“家庭内虐待”の多さ
厚生労働省の調査では、
介護や養護をしている家族・親族からの虐待のほうが、施設職員による虐待よりも10倍以上多い ことがわかっています。
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養護者による虐待:17,100件
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施設・事業所職員による虐待:1,123件
(令和5年度、詳細は補注*4)
家の中で起きていることは、
外部の目が届きにくく、
数字に表れている以上に多くのケースが潜んでいる可能性 があります。
8.「あれ?」と思ったら、まず相談を

(Silvia/Pixabay)
もしあなたが、
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近所の高齢者の様子が急に変わった
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あざが増えている
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いつもおびえた表情をしている
-
介護している家族が、明らかに限界に見える
など、小さな違和感 を覚えたら——
どうか一人で抱え込まず、
市区町村の高齢者相談窓口や地域包括支援センターに、電話で相談してみてください。
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相談した人が特定されることはありません
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「虐待かどうか分からない」のまま相談して大丈夫です
-
家族だけでは解決できない問題を、専門家チームが一緒に考えてくれます
👉 次回・後編のご案内
後編では、
虐待の「早期発見に役立つ12のサイン」 をまとめてご紹介します。
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どんな変化に気づけばよいか
-
どのタイミングで相談・通報すればよいか
など、チェックリストとしても使える内容 にまとめる予定です。
▼前後の記事はこちら
前編:高齢者虐待かな?と思ったら|家族介護の実例と地域包括支援センターへの相談ガイド
https://kizuna-iyashi.com/2025/03/14/homemade-314/
後編:高齢者虐待のサイン12チェック|家族介護の経済的虐待と早期発見のポイント
https://kizuna-iyashi.com/2025/03/28/homemade-317/
補注(専門情報)
*1:「やむを得ない事由による措置」
老人福祉法に基づき、65歳以上の高齢者が虐待などで生命の危険にさらされている場合や、緊急に避難・保護が必要なときに、市町村が養護老人ホームや特別養護老人ホームへの一時的な入所を決定できる仕組み。要介護認定の有無にかかわらず、命を守るための“緊急避難カード”として使われます。
*2:「在宅介護支援センター」
在宅で暮らす高齢者や家族の相談窓口。介護や生活についての不安・悩みを聞き、必要な保健・医療・福祉サービスにつなぐ役割があります。身近な相談窓口となる「地域型」と、それらを支援・総括する「基幹型」があります。
出典:東京の福祉オールガイド
https://www.fukunavi.or.jp/fukunavi/eip/20kuwashiku/04k_kourei/zaitakukaigoshiensenta.html
*3:「法務局」
法務省が全国に設置している機関。登記・国籍・戸籍・供託などのほかに、人権相談や人権侵害事件の調査・救済などの人権擁護活動を行います。
出典:法務局「法務局のご案内」
https://houmukyoku.moj.go.jp/homu/static/enkaku_index.html
*4:高齢者虐待の件数
令和5年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_48003.html
参考資料
-
神奈川県「養護者による高齢者虐待対応事例集」
-
栃木県「栃木県高齢者虐待対応マニュアル」
-
青森県「高齢者虐待対応事例集(改訂版)」
以上









