「死にたい」と思い詰めている方をこの世に繋ぎとめられるのは、弱音を吐ける人との繋がりです!

安心して「死ぬほどつらい」と言える繋がりを

安心して「死にたいほどつらい」と言える繋がりを(manulisciousによるPixabayからの画像)

東京多摩いのちの電話公開講演会〈もしも「死にたい」と言われたら〉を拝聴しました。講演なさった松本俊彦先生は、精神科医で薬物依存症の治療や自殺予防がご専門。先生の自殺者を減らしたいという熱気と迫力に圧倒され、あっという間の2時間でした。

感銘を受けたご講演内容を紹介したいのですが、残念ながら事務局のご承認をいただけませんでした。

という事情で、引用等ができないため、わたくしの記憶と印象による感想文のような内容ですが、3点だけ心に響いたポイントをご紹介いたします。間違って伝わらないよう注意しましたが、どうかご興味を持って下さった方は、東京多摩いのちの電話のホームページの広報紙102号の公開講演会要約をご一読ください。

東京多摩いのちの電話 http://www.tamainochi.com/index.asp?patten_cd=12&page_no=1

同 広報紙「102号もしも死にたいと言われたら」松本 俊彦 ((国研)国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長、東京多摩いのちの電話理事)公開講演会(2017年5月14日開催)http://www.tamainochi.com/img/f_users/r_13404412img20171205132827.pdf

安心して「死ぬほどつらい」と言える繋がりを

安心して「死にたいほどつらい」と言える繋がりを(josuedersoirによるPixabayからの画像)

1.「死にたい」と言われても、たじろがない

  もしも、最近様子がおかしいと心配していた友人から、「死にたい」と打ち明けられたら仰天し、言葉を失います。自分で自分を傷つけることさえ恐ろしく感じるので、思わず「そんなこと言わないで」とか「何が何でも死んじゃだめ」などと言いそうです。ところが、この「死ぬこと」=「悪」あるいは「良くないこと」という否定は、「死にたい」と打ち明けてくれた友人を追い詰めてしまうそうです。では、どう対応すれば良いのか?

「死にたい」を翻訳すると、「生きたい」のに、あまりにも苦しみが大きすぎて耐えきれないから、この苦しみから逃れる、あるいはこの苦しみを解消させる方法をいろいろ模索したが、「死ぬ」ことしか解決方法がみつからないのよ、という意味になるそうです。「死にたい」は、苦しみで疲労困憊し、なおかつ、ご自身を追い詰めた状態で、やっとの思いで吐いてくださった弱音の姿なのです。

告白のポイントは、「死ぬ」ことではなく、「死ぬことでしか解決できないような激しい苦しみ」。だから、「死ぬ」という言葉にたじろがないで、友人の苦しみを少しでも和らげる方法を一緒に探すなり、せめてお話を聴くなりしたほうが良いそうです。

この詳しいお話は、広報紙「102号もしも死にたいと言われたら」http://www.tamainochi.com/img/f_users/r_13404412img20171205132827.pdf

をご参照ください。

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安心して「死にたいほどつらい」と言える繋がりを(Markus SpiskeによるPixabayからの画像)

2.繋がりが、命綱

  松本俊彦先生のご講演によると、「自殺」へのブレーキが効かなくなる3要素があるそうです。詳しい内容は、広報紙「102号もしも死にたいと言われたら」をご覧いただくとして、その1つが「所属感」でした。

つまり、繋がりです。夫婦や家族、あるいは友人など、自分を必要としてくれる繋がりを失ったり、自分を待っている場所が減ったりすると「自殺」へのブレーキが弱くなるそうです。「死にたい」と思い詰めている方をこの世に繋ぎとめるのは、人との繋がり。

「所属感」の一節を伺いながら、祖母の火鉢を思い出しました。毎朝、火鉢の前に座って、祖母がひとりで家族分のハバ海苔を1枚1枚丁寧に火鉢であぶり、香ばしい磯の香りと味をご馳走してくれました。真夏の朝でも、祖母が火鉢であぶってくれるハバ海苔が香ばしくて、たまらない美味しさでした。もちろん、「自殺」とは無縁な祖母でしたが、あの絶妙なあぶり加減が、穏やかで目立たないのに凄腕の祖母への尊敬の源。火鉢の前が、祖母の居場所でした。

今、どのくらいの女性が、祖母の火鉢のような、ささやかだけど温かい居場所を持っていらっしゃるのでしょうか。

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安心して「死にたいほどつらい」と言える繋がりを(Lenora CagleによるPixabayからの画像)

3.「死にたい」と弱音を吐いてくれた友人の話を傾聴する

  松本俊彦先生がご講演の中で「有害だから、止めて下さい」と強調していたことがあります。それは、もしも「死にたい」と言われたときに、「ご自身の道徳観や価値観で自殺を否定し、自殺しないように説得すること」だそうです。

「死にたい」は、「生きたいのに苦しみが激しすぎて、この苦しみを解消するには、死ぬしかない」の意味なので、自殺を否定されるとその方は黙り込むしかないのでしょう。やっとの思いで吐いた弱音の真意を理解せず、自分で唯一の解決方法だと思っている方法を否定されたら、「話が通じない」と落胆するのかもしれません。そう感じたら、二度と話そうとは思わないでしょう。

私は自分を傷つけることは怖くてできません。死ぬことも怖くてできません。これは本能で、「死にたい」と考えたときにブレーキになるそうです。にもかかわらず「死にたい」と仰る方は、本能を圧し潰すほどの苦しみに苛まれていて、正常な判断ができる状態ではないということでしょう。そのような状態の方を説得したり、「死なない」約束を強要して効果があるでしょうか。

やはり、この時こそ「傾聴」です。意見を差し挟まず、ひたすらその方の思いを伺います。わたくしは、医療の専門家でも何でもないので、その先の支援は無理です。でも、「そんなにくるしいんですね」「死ぬほどつらいんですね」と受け止めて、ひたすら傾聴することなら、できるかもしれません。傾聴することで、その方がこの世と繋がる命綱になれるかもしれません。

安心して「死ぬほどつらい」と言える繋がりを

安心して「死にたいほどつらい」と言える繋がりを( MGLifeによるPixabayからの画像)

最近、精神状態が不安定で、解決策を提案しても否定ばかりして、すぐに怒り出す友人の様子が、わたしには気がかりです。ご講演の内容は、ほとんど知らないことばかりでしたが、松本俊彦先生のまとめの言葉に勇気を頂きました。

彼女がわたしに「死にたいほどつらい」と安心して言える繋がりを作ろうと思います。「生きたいのに、死ぬしかないほど苦しい」と弱音を吐き出せる繋がりを、彼女との間に築けたらと思えました。

本当に素晴らしい内容を是非ともご紹介したかったのですが、松本俊彦先生のご講演内容の要約や抜粋の掲載をご承認いただけなかったので、わたくしの感想文になってしまいました。申し訳ございません。けれど、このような形でもご紹介したかった次第です。

少しでもご興味があれば、「東京多摩いのちの電話」のホームページをご覧ください。この中に広報紙が掲載されており、広報紙102号には、松本俊彦先生の公開講演の要約があります。(今年のご講演とほぼ同じ内容です)心からご一読をお勧めいたします。

東京多摩いのちの電話 http://www.tamainochi.com/index.asp?patten_cd=12&page_no=1

同 広報紙「102号もしも死にたいと言われたら」松本 俊彦 ((国研)国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長、東京多摩いのちの電話理事)公開講演会(2017年5月14日開催)(要約)http://www.tamainochi.com/img/f_users/r_13404412img20171205132827.pdf

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安心して「死にたいほどつらい」と言える繋がりを(Leng KangruiによるPixabayからの画像)

参考

一般社団法人 日本いのちの電話連盟 https://www.inochinodenwa.org/

自殺予防いのちの電話 

0570-783-556 (ナビダイヤル、10時~22時)

0120-783-556 (フリーダイヤル、但し毎月10日8時~翌朝8時のみ)

他に、インターネット相談や自死遺族支援もあります。詳細はホームページをごらんください。

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