漢方薬治療:不眠・徘徊・食欲低下が激しく、低栄養状態に陥った82歳認知症患者が、体重増加・貧血改善を実現し、週3回リハビリに通えるまで回復した実例を紹介!
認知症で不眠・徘徊・食欲不振が進行し、ひどく衰弱してしまった82歳の女性が西洋医学+漢方医学で回復し、認知症の進行を抑えることができました!今回も協和中央病院東洋医学センターの玉野雅裕先生がたの研究チームが、2018年に発表なさった症例報告を分かりやすく紹介します。
1.エビデンスで証明できない漢方医学の力
「たったの2例とか1例で漢方薬が認知症に効果があると証明できますか?」とのご意見を頂きました。ありがとうございます。
ご指摘の通り、西洋医学が求める数値化されたエビデンスを漢方医学は提出することができません。なぜなら、漢方医学が重視するのは「心身一如(しんしんいちにょ)」(*1)と「個別化医療」だからです。
「心身一如(しんしんいちにょ)」とは、こころとからだはつながっていて、心の不調が体の症状に影響したり、体の症状が心の不調を招いたりするという考え方です。また「個別化医療」は、漢方医学では患者さんお1人お1人の体調や体質など漢方の概念から詳しく診察した上で、個人に合わせた漢方薬を調合します。
このような理由から漢方薬は患者さんに合わせてオーダーメイドしています。だから、ある漢方薬を3万人等の集団に投与して、効果をグラフ化することも発症リスクの確率を示すこともできないのです。
また、萎縮してしまった脳が元に戻らず、認知症の根治ができなくても、陽性BPSD(不安,不眠,焦燥, 徘徊)や陰性BPSD(意欲低下, 食欲低下)が改善されて、元気で穏やかに過ごせれば良いと、浅海直二郎商店は考えます。
「発症リスクが33%低下」等のエビデンスを明示できなくても、漢方医学の効果をもっと介護に携わる方々にお知らせしたいと考え、ここで紹介しています。
2.症例は82歳認知症の女性、Bさん
主な症状:不眠、不安、焦燥、徘徊、食欲不振。
既往歴:*60歳から2型糖尿病と高血圧症で、近所のかかりつけ医を受診。
*77歳から当病院の内科で治療中。
生活歴:喫煙なし、飲酒なし。
現病歴:①2年前頃から、短期記憶障害(*2)、見当識障害(*3)、遂行機能障害(*4)が徐々に進行する。
②1年前頃から、不眠、漠然とした不安感、イライラが出現。近所のかかりつけ医(精神科)で抗不安薬・抗認知症薬を投与されたが効果が無かった。
③本年6月頃より、徘徊や食欲低下が現れて衰弱化。
④本年9月、衰弱がとまらず、当病院の漢方外来を受診。
西洋医学的所見:身長147㎝、体重40㎏、血圧138/60mmHg、血液生化学は省略、尿所見も省略。
胸部レントゲン写真及び心電図:異常なし。
頭部MRI:両側の側頭葉の内側に高度の脳萎縮(*5)あり。
漢方医学的所見:顔色は不良、皮膚は高度に乾燥、手足の冷えあり。脈は沈んでいて弱く、舌の苔は白く薄くついていて、舌にひび割れや亀裂はない。以下後略
診察時の服用薬:アルツハイマー型認知症治療剤「ガランタミン」(*6)、高血圧症治療薬「アムロジピン」(*7)、2型糖尿病治療薬「シタグリプチン」(*8)
3.Bさんの経過
Bさんの状況:認知症の中核症状(短期記憶障害,見当識障害,遂行機能障害)+陽性BPSD(不安,不眠,焦燥, 徘徊)+陰性BPSD(意欲低下, 食欲低下)+極度の皮膚乾燥と肌荒れ(*9)
⇒アルツハイマー型認知症治療剤「ガランタミン」を継続し、「加味帰脾湯(かみきひとう)」を追加投与。
①投与1週間目頃より表情が穏やかになり,熟眠できるようになった。
②投与1ヵ月後には徘徊も減少。さらに,話が通じるようになり,衣服の脱ぎ着が円滑にできるようになる等「見当識障害」や「遂行機能障害」など認知症の中核症状に多少改善がみられた。
③投与2ヵ月後,食欲は回復し、体重は増加し、貧血も改善した。
④その後,週3回の通所リハビリテーションと短期入所を時々利用できるようになり,介護している家族の負担が著しく軽減した。
西洋医学的に、脳が萎縮してしまったら症状の悪化は当然と私は考えていました。けれど、漢方医学であればこの思い込みが間違いだったと分かります。
縮んでしまった脳が戻らなくても、Bさんは認知症の中核症状が改善されました。脳が縮んでいても、話が通じるようになり,着替えが円滑にできるようになれば、介護する家族はそれだけで有難いです。陽性BPSD(不安,不眠,焦燥, 徘徊)や陰性BPSD(意欲低下, 食欲低下)に悩まされないだけで、介護する家族は嬉しいです。
漢方薬で穏やかに過ごせることをこの症例は教えてくれます!漢方薬で意欲を回復させることができると教えてくれます!
4.Bさんに「加味帰脾湯(かみきひとう)」が効いた要因
①漢方薬の補気作用(*10)によって、Bさんの意欲を回復させたこと。
②漢方薬の補脾胃作用(*11)により食欲を安定化させ、栄養状態を回復させたこと。
③漢方薬の補血作用(*12)により、貧血や血虚(*13)を回復させたこと。
④漢方薬の精神安定化作用(*14)と清熱作用(*15)によって、陽性BPSD(不安・不眠・焦燥・不穏・徘徊・過食・暴言・暴力など)を安定化させたこと。
これらの作用により、不安・不眠・焦燥などが解消し、栄養状態も回復して、身体活動性を取り戻すことができたと考えられます。さらに以下の可能性もあると玉野雅裕先生は記しています。
⑤「加味帰脾湯」に含まれる「遠志(おんじ)」が服用中のアルツハイマー型認知症治療剤「ガランタミン」の効果を増強した可能性もある。
⑥「遠志(おんじ)」は古代からもの忘れなどの症状に使われていた。最近では遠志の抗認知症作用の報告もあり、遠志が効果を発揮した可能性もある。
⑦補血作用が脳の血流を促し,認知症の進行を抑制した可能性も考えられる。
⑧家族とのコミュニケーションが可能となり、精神安定化に寄与した可能性もある。
認知症は、陽性BPSDの過食や早食いなどの症状が糖尿病などの生活習慣病を悪化させます。また、陰性BPSDの全般的意欲の低下や食欲の低下症状などから低栄養や免疫力低下状態となり、誤嚥性肺炎や尿路感染症を招きます。けれど、漢方医学の専門家が西洋医学と組み合わせて治療してくだされば、認知症のBPSDは改善できます!!
数値化したエビデンスは提示できませんが、Bさんは「加味帰脾湯」で不安・不眠・焦燥などが解消し、栄養状態も回復。認知症の進行が抑制されました。脳が萎縮していても、介護するあなたの負担が漢方薬で軽くなるかもしれません。一度、漢方にも詳しい専門医師の診察を受けてみませんか。
謝辞:協和中央病院 東洋医学センターの玉野 雅裕先生をはじめこの研究に携わった先生方、ご協力なさった患者さんや職員の皆さま等全ての皆様に感謝するとともに、漢方薬が高齢者の健康長寿によりいっそう役立ち、認知症の家族を在宅介護なさっている方々の負担が少しでも軽減されるよう、先生方の益々のご活躍・ご発展を祈念します。
注)
*1:「2-2 治療の特徴 心身一如の医学」より”漢方医学では、心と体はお互いに強く影響し合うという「心身一如」という考え方に基づいた治療体系となっています。漢方医学の解剖生理学の中にある五臓の機能として、物質的な側面だけでなく、精神的な部分の機能もそれぞれの五臓がコントロールしているという立場をとります。” 日本東洋医学会 https://www.jsom.or.jp/universally/examination/sinsin.html
*2: 「記憶障害とは 記憶障害の種類と対応」より”記憶障害とは、自分の体験した出来事や過去についての記憶が抜け落ちてしまう障害のことを言い、認知症の中核症状のひとつです。自覚のある物忘れとは違い、自覚がなく、日常生活に支障が出てきます。
認知症に関する記憶には、長さでの分類には大きく短期(即時)記憶、長期(遠隔)記憶があり、内容での分類にはエピソード(出来事)記憶、意味記憶、手続き記憶があると考えられています。” 認知症ねっと https://info.ninchisho.net/symptom/s20
*3: 「見当識障害の症状と対応」より”見当識障害とは認知症の中核症状の1つで、時間や季節がわからなくなる、今いる場所がわからなくなる、人がわからなくなるといった障害です。” 認知症ねっと https://info.ninchisho.net/symptom/s30
*4: 「認知症の中核症状と行動・心理症状(BPSD/周辺症状) 実行機能障害(遂行機能障害とも言われます)」より”障害が起こると、物事を計画的に考えて効率的に実行できなくなります。例えば、洗濯をしながら掃除を行い、掃除が終わってから洗濯物を干すといった複数の行動を計画的に実践することが難しくなります。
また、予想外の出来事に対して、他の手段を考えて適切な方法で対処できなくなります。例えば、いつも通る道が道路工事をしているため通行できない場合、どうしたら良いのか分からなくなります。” 認知症ねっと https://info.ninchisho.net/symptom/s10#id3-4
*5: 「脳の形態の変化 脳の萎縮による影響・症状」より”萎縮の早さや程度は個人差によるところが大きく、また脳の部位によっても差がみられます。特に前頭葉や側頭葉は、前頭葉の前方や後頭葉に比べて、加齢(老化)に伴う萎縮が目立つ部分であるといわれています。
脳の萎縮の程度や範囲、部位や症状を診ると、認知症かどうかの判断をすることができます。「脳が萎縮していると認知症なのではないか」と思われる方も多いようですが、萎縮の程度によって動作が緩慢になったり、思い出すことが難しくなることがあったとしても、必ずしも認知症には至っていない場合もあります。” 健康長寿ネット https://www.tyojyu.or.jp/net/kenkou-tyoju/rouka/nou-keitai.html
*6: 「医療用医薬品 : ガランタミン」【効能効果】アルツハイマー型認知症治療剤 https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00068587
*7: 「医療用医薬品 : アムロジピン」【効能効果】高血圧症,狭心症 https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00055203
*8: 「医療用医薬品 : ジャヌビア(一般名:シタグリプチンリン酸塩水和物)」【効能または効果】2型糖尿病 https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00061993
*9: 「美肌をつくる「気」「血」「水」のバランス 血虚(血が不足した状態)」“肌に栄養を運ぶ血が足りなくなると、肌が乾燥し、湿疹もできやすくなる。また爪ももろくなり、髪もパサパサになる。” 漢・方・優・美 クラシエ薬品 https://www.kampoyubi.jp/learn/beauty/01.html
*10: 「漢方コラム:補気剤とは」より“気力が衰えた状態(漢方では「気虚」といいます)に対応しる処方のグループを「補気剤」と呼びます。漢方医学では、気の取り込みは消化器官で行われると考え、消化吸収機能低下の改善を図ります。つまり、消化機能(漢方では「脾(ひ)といいます)の働きを助けることが「補気」(「気」を補う)につながるということになります。” 中村記念愛成病院 https://www.kouwakai-nakamura.jp/colum-0192.html
*11: 「脾(ひ)と胃(い)とは」より“脾は漢方医学(中医学)において食べ物や飲み物を摂ることを通じて気・血(けつ)・津液(しんえき)を生みだす中心的な臓器です。いわば脾は人体における「工場」のような存在です。より厳密には飲食物を消化吸収して気や津液のもとになる水穀の精微をつくり出すはたらきを担っています。西洋医学的な表現をすれば脾は胃腸を含めた消化器系全般の機能を持った存在といえます。
胃は飲食物の消化をおこない、脾が水穀の精微をつくり出しやすいようにサポートしています。このように胃と脾は機能面において強く結びついている臓腑といえます。“ 女性とこどもの漢方学術院 https://www.ikwc.jp/cgi-bin/info/archives/28.html
*12:「治癒力を引き出す がん漢方講座」より“血の不足を補う生薬を補血薬といいます。補血薬は造血作用と栄養改善作用などによって、抗がん剤や放射線治療により起こる貧血や白血球減少などの骨髄機能低下を改善します。骨髄機能を活性化することは、免疫力をアップさせることにもつながります。” がんサポート https://gansupport.jp/article/treatment/alternative/kampo/4227.html
*13: 「治癒力を引き出す がん漢方講座」より“貧血や免疫力の低下があり、疲れやすい、倦怠感、ふらつくなどの症状を自覚しています。このような状態を、漢方では気と血が不足している状態、気血両虚(気虚と血虚)といいます。(中略) 血虚は、骨髄の幹細胞に直接作用して赤血球や白血球を増やす薬を使用したり、輸血を行えば解決するように思われるかもしれません。しかし、漢方でいう血虚は、貧血だけでなく、栄養状態全般の低下も含んでいます。造血剤を使用しても、体の消耗状態や栄養不全が解決されなければ、またすぐ低下してしまいます。体力を根本から回復させる治療を目指すのが漢方治療の基本です。” がんサポート https://gansupport.jp/article/treatment/alternative/kampo/4227.html
*14:「相談の多い病気」より“漢方において心と肝は西洋医学における心臓と肝臓とは異なる概念です。
心にはいくつかの役割がありますが、そのうちのひとつに精神状態や睡眠状態を安定化させるというものがあります。この心が十分に機能するためには気や血が必要になりますが、特に血の充実はとても大切になります。
慢性的な精神的ストレス、過労、食欲不振などによって血を消耗したり生み出されにくくなると、心に栄養を与えるための血が不足した心血虚(しんけっきょ)の状態に陥ってしまします。心血虚の主な症状には不安感、焦燥感、悲哀感、多夢をともなう不眠、記憶力の低下、動悸や息切れなどが起こりやすくなります。“一二三堂薬局 https://www.123do.co.jp/cgi-bin/illness/archives/162.html
*15:「漢方薬と身近な食材」より““清熱”とは、炎症を含む身体的な熱感や精神的な焦躁感などの亢進症状など、東洋医学的に“熱”と想定される症状に幅広く用いている“ 東邦大学医療センター大森病院 https://www.omori.med.toho-u.ac.jp/e-health/kanpo001.html
☆症例報告「不眠,不安が顕著な認知症に加味帰脾湯が有効であった1例」【脳神経外科と漢方】2018年4巻28-33頁、玉野雅裕、加藤士郎、岡村麻子、星野朝文、高橋晶 chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.jstage.jst.go.jp/article/jnkm/4/1/4_06/_pdf/-char/ja
☆この症例報告の先生方の病院(2018年時点)
◎玉野雅裕先生:協和中央病院東洋医学センター〔〒309-1195茨城県筑西市門井1676-1〕及び筑波大学附属病院
◎加藤士郎先生:野木病院、協和中央病院東洋医学センター、筑波大学附属病院
◎岡村麻子先生:つくばセントラル病院、協和中央病院東洋医学センター
◎星野朝文先生:霞ヶ浦医療センター耳鼻咽喉科、筑波大学附属病院
◎高橋晶先生:筑波大学医学医療系災害・地域精神医学
☆「日本脳神経外科漢方医学会」https://nougekampo.org/
以上