認知症患者さん106人で研究の結果、漢方薬「抑肝散」は4週間で妄想、幻覚、興奮、攻撃性、徘徊、不安などを治療できます!
筑波大学の水上勝義先生方の研究グループが、2009年に発表なさった認知症のBPSDを漢方薬「抑肝散」で治療した研究報告を紹介します。
1.「漢方」は認知症のBPSDを治療できますか?
「漢方」とは(*2)、日本の伝統的医学で鍼灸や食養生も含めた医学を意味します。5世紀頃、日本に漢方薬が初めて伝わり、膨大な臨床経験の蓄積により発展し、体系化されました。「漢方薬」は、漢方医学の理論に基づいて処方される医薬品のことです。
いっぽう、攻撃性、暴力・暴言、興奮、叫び声、徘徊、幻覚、妄想など認知症のBPSD(周辺症状)は、認知症患者さんの 20~80% に発生するとの研究報告があります。これらの症状は、認知症患者さんの日常生活を損ない、介護するあなたや同居家族には非常に大きな負担を与え、入院入居時期を早め、介護費用を増やします。
長い歴史を持つ「漢方薬」は認知症患者の BPSDを、良好な生活の質(QoL)を維持しながら効果的に治療する能力が評価され、注目を集めています。
水上勝義先生たちの研究グループが治療に選んだ「抑肝散(よくかんさん)」(*3)は、7 種類の生薬で作られる漢方薬です。昔から子どもの夜泣きや疳の虫(小児疳症、神経過敏)の薬として知られ、更年期障害・不眠症・神経症など情動が高ぶって興奮する状態を抑える効果があります。
研究グループは、子どもの夜泣きに効く「抑肝散」が認知症患者さんのBPSDを安全に治療できることを確かめるために、この研究を行いました。
2.研究方法
研究実施期間:2005年10月~2007年4月まで
場所:日本国内20の医療機関
対象:アルツハイマー型認知症、混合型認知症、レビー小体型認知症の入院患者さんと外来患者さん、106人
平均年齢:外来患者さん78.7歳、入院患者さん78.5歳
「抑肝散」の服薬スケジュール:
*グループA:前半4週間に「抑肝散」を投与し、後半4週間は投与なし
*グループB:前半4週間は投与なし、後半4週間に「抑肝散」を投与
「BPSD(周辺症状)」と「認知機能」と「日常生活動作(ADL)」の検査スケジュール:3回、研究開始時と前半終了時と後半終了時
「BPSD」の検査方法:神経心理検査 (NPI:認知症患者の BPSD の頻度と重症度および介護者の負担度を数量化することができる検査)(*4)
「認知機能」の検査方法:ミニ精神状態検査 (MMSE:認知機能の状態を客観的に評価するテスト、27点以上取れれば「問題なし」と評価される)(*5)
「日常生活動作(ADL)」の検査方法:
*外来患者さんは「手段的日常生活動作(IADL)」(IADL:日常生活での基本的な動作を応用した複雑な動作を指します。具体的には「電話の使い方」「買い物」「食事の準備」「家事」「洗濯」「移動」「服薬管理」「金銭管理」などです。)(*6)を使用
*入院患者さんは「バーセル指数」(食事や着替えなどの日常生活動作を評価する検査方法。病院の患者や介護施設で利用者の日常生活動作(ADL)を評価する際に用いられます)(*7)を使用
副作用の有無:「抑肝散」の副作用、「低カリウム血症」(*8)を研究期間中に定期的に検査し、さらに研究開始時・前半終了時・後半終了時に脚の浮腫を測定
3.「抑肝散」の効果と副作用
*「抑肝散」を服用期間中は、全グループでBPSD(周辺症状)の検査結果が改善し、症状が軽くなりました。
*前半服用のグループAでは、「抑肝散」服用中止後もBPSDの症状がリバウンドすることはありませんでした。
*前半服用のグループAでは、「抑肝散」服用中止後もBPSDの軽減効果が約1ヵ月持続しました。
*全グループで、興奮、攻撃性および過敏性、不安定性が非常に軽くなりました。
*妄想、幻覚、うつ病、および不安は前半服用のグループAのみで症状が軽くなりました。
*アルツハイマー型認知症および混合型認知症患者さん90人は、全グループでBPSDが軽減しました。
*レビー小体型認知症患者さん13人の場合は、前半4週間に「抑肝散」を服用したグループAでのみ、BPSDが軽減しました。
*研究の8週間中に「抑肝散」の副反応が6人に現れました。
*3人は嘔吐、下痢、吐き気等を発症し、服用中止後にはそれらの症状はすぐに治りました。
*2人は低カリウム血症を発症し、「抑肝散」服用を中止した後、カリウム数値がすぐに最初の数値に戻りました。
*1人は脚の浮腫を患っていました。
*抗精神病薬を服用している患者さんによく見られる錐体外路症状(具体的な症状は、手足がふるえる、じっとしていられなくなる、体がこわばる、正常に歩けなくなる、動作が遅くなるなど)(*9)、眠気、せん妄、低血圧などの副作用を示した患者さんはいません。
*「抑肝散」は全グループで、認知機能にも日常生活動作(ADL)にも効果はありません。
結論は、「抑肝散」は高齢の認知症患者さんのBPSD(周辺症状)を治療できる可能性が高く、副作用も抗精神病薬等に比較すれば軽くて安全性も高いです。
攻撃性、暴力・暴言、興奮、叫び声、徘徊、幻覚、妄想など認知症のBPSD(周辺症状)にお困りなら、是非とも「漢方」を試してください!
謝辞:筑波大学人間総合科学学術院教授 水上 勝義先生をはじめこの研究に携わっていらっしゃる先生方、ご協力なさる患者さんや職員の皆さま等全ての皆様に感謝するとともに、漢方が高齢者の健康長寿によりいっそう役立ち、認知症の家族を在宅介護なさっている方々の負担が少しでも軽減されるよう、先生方の益々のご活躍・ご発展を祈念します。
注)
*1: OXFORD ACADEMIC 「A randomized cross-over study of a traditional Japanese medicine (kampo), yokukansan, in the treatment of the behavioural and psychological symptoms of dementia」【International Journal of Neuropsychopharmacology】2009 年 3 月 第 12 巻、第 2 号191-199頁、水上勝義、 浅田隆、 木下徹、 田中克明、 園原一樹、 中井隆平、 山口清、 羽生春夫、 金谷清志、 高尾哲也、岡田正勝、 工藤純夫、 幸徳勇人、 岩切雅彦、 栗田博文、 宮村敏宏、 川崎洋介、 大森康二、 塩崎一正、 小田原俊成、 鈴木達也、 山田静流、 中村洋一、 鳥羽健二https://academic.oup.com/ijnp/article/12/2/191/668019?login=false
*2:「漢方とは?」漢方セラピー クラシエの漢方 https://www.kracie.co.jp/ph/k-therapy/about-kampo/
*3: 「ツムラ漢方抑肝散エキス顆粒(よくかんさん)」ツムラ https://www.tsumura.co.jp/products/ippan/054/index.html
*4: 「NPI とは:認知症患者の BPSD の頻度と重症度および介護者の負担度を数量化することができる神経心理検査です。」日本語版 NPI 販売のお知らせ https://micron-kobe.com/archives/works/npi
*5:「MMSE(ミニメンタルステート検査)とは?:認知機能の状態を客観的に評価するテスト、27点以上取れれば「問題なし」と評価される」学研ココファン https://www.cocofump.co.jp/articles/byoki/6/
*6:「IADL(手段的日常生活動作)とは何か?:日常生活での基本的な動作を応用した複雑な動作を指します。具体的には「電話の使い方」「買い物」「食事の準備」「家事」「洗濯」「移動」「服薬管理」「金銭管理」などです。」介護ワーカー https://kaigoworker.jp/column/411/
*7: 「バーセルインデックス:食事や着替えなどの日常生活動作を評価する検査方法。病院の患者や介護施設で利用者の日常生活動作(ADL)を評価する際に用いられます。」リハブクラウド https://rehab.cloud/mag/2224/
*8: 「低カリウム血症」Doctors File https://doctorsfile.jp/medication/462/
*9: 「錐体外路症状(すいたいがいろしょうじょう)とは」看護roo! https://www.kango-roo.com/word/9580
以上