『夏の旅行』
夏には必ず、父が家族を旅行に連れて行ってくれました。館山、御宿、裏磐梯、妙高高原、湯檜曽温泉・・・
小児喘息だった妹の保養のため、父が日帰りをしてでも、私たちを海や山に遊ばせてくれました。私たちが大学生になるまで、時刻表を眺めることが父の趣味のひとつでした。
でも、思い出したことがあります。ポケット時刻表を繰っていた父に「この夏は大学のゼミ合宿とバイトで忙しい」と大げさに話したら、突然の激怒。
思い返せば、妹の小児喘息は中学生の頃には完治していました。恒例の夏の旅行を中止した原因は、私だったの?
小学生頃に父を亡くした父と、入学前に実の母を亡くした母にとって、家族団らんは憧れでした。父親のロールモデルが見つからない父と、実の母の愛情に飢えていた母は、自分たちの家族を、家族の絆を作ろうと精一杯努力していました。
父が憧れていた家族団らんの1つが、あの夏の旅行だったのでしょう。父と母が、子どもの頃に味わえなかった家族団らんを実現させる夏の旅行は、大イベントだったに違いありません。
だからあの時、大切な夏の旅行に行かない口実をさかしらに言いつのる娘に、父は激しく怒ったのです。
夏の旅行とは、父と母が私たちに注いだ愛情でした。