何も食べていないのに、口の中に苦味を感じる70代女性の味覚異常が、漢方薬で治った実例を紹介!(後編)
シニアに多い味覚異常で苦味に悩まされていたMさんが、西洋薬+漢方薬で完治した実例を前編・後編の2回に分けて紹介しています。今回は後編です。(1.70代女性、Mさんの場合 と2.漢方医学的なMさんについての所見と診断 は、前編をご覧ください。)
3.Mさんの治療及び経過
臨床経過:①味覚障害の原因として亜鉛欠乏による味覚障害が疑われました。
②けれど北海道大学病院 高齢者歯科では、明らかな亜鉛欠乏(血中の亜鉛値が60 μg/dl未満)以外は、長期の亜鉛補充療法に効果のない症例が多数あります。そのため、血中の亜鉛値が60 μg/dl 未満の亜鉛欠乏性や、突然発生した味覚障害や、ストレスから起こる味覚障害に対しては、持続性のある心身安定剤(ベンゾジアゼピン系のロフラゼプ酸エチル)を最初に処方する薬としています。
③また、Mさんのような何も食べていないのに口の中で苦い味がする場合には、持続性のある心身安定剤が良く効くことが多いため、Mさんにもこの西洋薬を処方しました。
④持続性のある心身安定剤の服用を始めたところ、2日後にはMさんが感じる苦味が半減。
⑤3週後、Mさんが感じる苦味を直線上の0~100の目盛りのどの位置にあたるかを示してもらったところ、苦味が73から36まで低下しました。
⑥さらに2週間この薬を継続しましたが、Mさんが感じる口の中の苦味に変化はありませんでした。そのため、持続性のある心身安定剤(西洋薬)から漢方薬に変更。
⑦漢方薬を選んだ根拠は、
*脚のむくみ
*口の中の頬の粘膜を何回も噛んでいる噛み跡
*舌の裏側に走る静脈が膨らんでいること
*舌が口の幅くらいに大きくぼってりと厚い傾向
などが「水滞」(*1)を示していることです。この「水滞」と味覚異常の改善を期待して「五苓散」(*2)を処方しました。
⑧「五苓散」の1日2回服用を始めたところ、Mさんが感じる苦味が劇的に減少。
⑨2か月後にMさんが感じる苦味を、直線上の0~100の目盛りのどの位置にあたるかを示してもらったところ、苦味が5まで減少しました。
⑩同時に、口のなかの頬の粘膜から噛んだ傷がなくなり、脚のむくみも解消し、Mさんがぐっすり眠れるようになりました。
⑪しかし、3か月後に「五苓散」を1日1回半量に減らしたところ、Mさんが感じる苦味が再び増加。
⑫そのため「五苓散」を1日2回の服用に戻しました。
⑬8か月後、Mさんが感じる苦味は直線上の目盛りで2となり、ほぼ苦味は気にならなくなりました。
⑭また、舌の裏側に見える静脈の膨らみが解消し、口の幅くらいに大きくぼってりと厚かった舌もほっそりと小さくなり、「水滞」も改善。
⑮以後、Mさんの希望で「五苓散」を1日1回、不定期で服用しています。初診から1年後もMさんの味覚異常は再発していません。
⑯以上からMさんの場合は、水分代謝不良による味覚障害と考えられます。
4.患者さん1人ずつに合わせてカスタマイズする漢方薬治療
味を感じなくなったり、何も食べていないのに苦味や塩味を感じる症状が、「味覚障害」や「味覚異常」です。
味を感じる細胞「味蕾」は舌や上あごの表面にありますが、加齢によって減少します。味蕾の数が0~20歳では平均245個であったのに対し、74歳以上では88個と約35%に減少した研究もあります。ですから、シニアは味覚障害や味覚異常を起こしやすくなります。
けれど、味覚障害・味覚異常を引き起こす原因は加齢だけではありません。原因は下に並べたように多岐にわたります。
*亜鉛・鉄・ビタミン不足など
*糖尿病・慢性腎不全など
*舌炎・ドライマウス・咽頭炎など
*鼻づまりや鼻の病気
*顔面神経麻痺・脳神経障害・頸頚部や脳の癌など
*慢性中耳炎
*認知症・精神疾患・ストレスなど
*糖尿病、高血圧、関節リウマチ、パーキンソン病、消化性潰瘍などの治療薬の副作用
Mさんの場合は、血中の亜鉛が少ない点以外に異常はありませんでした。それでも亜鉛を補充する治療ではなく、心身を安定させる西洋薬と漢方薬「五苓散」の服用で味覚異常が治りました。
これは、Mさんの水分代謝を治療することに注目なさった武田 雅彩先生方の診断の確かさと言えるでしょう。
ネットで、「味覚異常で漢方薬を処方されたが治らない」との投稿も見ます。残念なことですが、漢方薬が役に立たないのではなく、処方された漢方薬が患者さんの体質(証)と違っていたり、味覚異常の原因が間違っているのではないでしょうか?
もしもあなたが、あるいはあなたのご両親が味覚障害や味覚異常で困っていらっしゃるなら、味覚機能検査をしっかり行えて、漢方薬も処方できる医療機関を探してはいかがでしょうか?
謝辞:現在は北斗病院 歯科口腔外科の武田 雅彩先生をはじめこの研究に携わった先生方、ご協力なさった患者さんや職員の皆さま等全ての皆様に感謝するとともに、漢方薬がシニアの健康長寿によりいっそう役立ち、患者さんとご家族のみなさまがより良い時間を過ごせますよう、先生方の益々のご活躍・ご発展を祈念します。
☆症例報告「漢方治療により味覚異常の他にさまざまな効能が得られた1例」、武田 雅彩/ 三浦 和仁/ 新井 絵理/ 松下 貴恵/ 山崎 裕/、北海道歯学雑誌 2020年4月、40巻2号122-126頁、https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/handle/2115/77616
☆漢方のお医者さん探し ―漢方・漢方薬に詳しい医療機関(病院・医院・医師)を8,968件から検索できます。― https://www.gokinjo.co.jp/kampo/
☆北海道大学大学院歯学研究院 口腔健康科学分野 高齢者歯科学教室 (主任:山崎 裕 教授)〒060-8586 札幌市北区北13条西7丁目 https://www.den.hokudai.ac.jp/koreisha/index.html
補注
*1: 「水滞(すいたい):水分代謝が悪く、水の排出が停滞している状態のことです。漢方からみると「水滞」の方の特徴は、血虚(血が足りない)でカラダに栄養がまわらず、本来血で満たせるところに水が入って溜め込み、冷え込むタイプの人です。そういう人はやや受け身で心配性と言われています。」クラシエの漢方 https://www.kracie.co.jp/kampo/kampofullife/body/?p=2048#:~:text=%E3%80%8C%E6%B0%B4%E6%BB%9E%E3%80%8D%E3%81%A8%E3%81%AF%E8%AA%AD%E3%82%93,%E5%86%B7%E3%81%88%E8%BE%BC%E3%82%80%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%97%E3%81%AE%E4%BA%BA%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82
*2: 「五苓散(ごれいさん):「水滞」を改善する代表的な処方で、口の渇きや尿量の減少やめまいなどのある方のむくみ、頭痛、下痢などに使用されます。」ツムラ https://www.tsumura.co.jp/kampo/list/detail/017.html
☆この症例報告の先生方の所属(2022年時点)
◎武田 雅彩先生:北海道大学 大学院歯学研究院 口腔健康科学分野 高齢者歯科学教室 大学院生
◎三浦 和仁先生:北海道大学 大学院歯学研究院 口腔健康科学分野 高齢者歯科学教室 医員
◎新井 絵理先生:北海道大学 大学院歯学研究院 口腔健康科学分野 高齢者歯科学教室 医員
◎松下 貴恵先生:北海道大学 大学院歯学研究院 口腔健康科学分野 高齢者歯科学教室 助教授
◎山崎 裕先生:北海道大学 大学院歯学研究院 口腔健康科学分野 高齢者歯科学教室 教授
以上