軽度認知障害から6年間に渡り、次々と現れる不安・興奮・妄想・徘徊・極度の食欲不振などを漢方薬で改善させ、QOLを高めた治療を紹介!

軽度認知障害から6年間に渡り、次々と現れる不安・興奮・妄想・徘徊・極度の食欲不振などを漢方薬で改善させ、QOLを高めた治療を紹介!

軽度認知障害から6年間に渡り、次々と現れる不安・興奮・妄想・徘徊・極度の食欲不振などを漢方薬で改善させ、QOLを高めた治療を紹介!(Scott WatsonによるPixabayからの画像)

協和中央病院東洋医学センターの玉野雅裕先生がたの研究チームは、初診から6年に渡ってAさんを治療し続けました。抑うつ、不安、焦燥から興奮、妄想、徘徊そして極度の食欲不振による衰弱と変動する症状に応じて漢方薬を変え、Aさんとご家族のQOLを改善し続けた実例を紹介します。

1.81歳女性、Aさんの主な症状と西洋医学的所見と漢方医学的所見

主な症状:不安、抑うつ、興奮、夜中の徘徊、意欲低下、食欲不振。

既往歴:60 歳より高血圧症となり、近所のかかりつけ医で服薬治療を継続中。

家族歴:特記なし。

生活歴:喫煙なし、飲酒なし。

現病歴

①2 年前頃から疲れやすくなり、Aさんが趣味の生け花をやらなくなる。

②同じことを繰り返し聞くようになり、家族が認知症を心配し、81歳のAさんを連れて来院。

初診時に服用していた薬:血圧降下剤のアムロジピンを服用。

西洋医学的所見:身長149 cm、体重39 kg、血圧140 ⁄ 70mmHg、体温35.9℃。

胸部理学的所見と神経学的所見:異常なし。

血液,尿検査:特記する所見なし。

軽度認知障害から6年間に渡り、次々と現れる不安・興奮・妄想・徘徊・極度の食欲不振などを漢方薬で改善させ、QOLを高めた治療を紹介!

軽度認知障害から6年間に渡り、次々と現れる不安・興奮・妄想・徘徊・極度の食欲不振などを漢方薬で改善させ、QOLを高めた治療を紹介!(sherisetjによるPixabayからの画像)

長谷川式認知症スケール(Hasegawa’s Dementia Scale–Revised: HDS–R):23 点。(20点以下は認知症の疑いあり。(*1))

ミニメンタルステート検査(Mini–MentalStateExamination: MMSE):24 点。(23点以下は認知症疑いがあり、27点以下は軽度認知障害(MCI)が疑われる(*2))

血液生化学:専門的過ぎるので省略

胸部レントゲン写真と心電図:異常なし。

頭部MRI:両側の側頭葉の内側面が、軽度で萎縮。

漢方医学的所見

*色白で痩せている。

*皮膚はやや湿っていて潤いがある。

*手足の冷えあり。

*脈は糸のように細く弱く、血流が悪いことを示す。(*3)

*舌の色が淡紅なので、身体の寒熱の状態は正常。舌の薄くて白い苔も正常。舌に歯形がついているのは、舌がむくんで肥大気味であるため。舌の裏の血管「舌下静脈」が「やや怒張」しているのは、血の巡りが悪く、血管が詰まりやすい状態を示す。(*4)

*腹診では腹壁の緊張度がひどく弱く、左下腹部の圧痛点の痛みの程度から軽度の瘀血と診断。胃腸虚弱を示す胃のあたりの水の音もある。(*5)

軽度認知障害から6年間に渡り、次々と現れる不安・興奮・妄想・徘徊・極度の食欲不振などを漢方薬で改善させ、QOLを高めた治療を紹介!

軽度認知障害から6年間に渡り、次々と現れる不安・興奮・妄想・徘徊・極度の食欲不振などを漢方薬で改善させ、QOLを高めた治療を紹介!(Sue RickhussによるPixabayからの画像)

2.「当帰芍薬散」が、Aさんの軽度認知障害の中核症状の進行を抑えました

臨床経過:①長谷川式認知症スケールとミニメンタルステート検査 の値から軽度認知障害(MCI) と診断。

②Aさんは漢方医学的診断では、裏寒、気虚、血虚、瘀血、水毒の証だったので、「当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)」(*7)の服用を始めました。

*色白で瘀血は、つまり身体の構造に栄養を送り込む「血」が流れなくなり、局所に滞っている状態。

*冷えや水毒の所見は、体内の水分の偏在が生じている(*6)状態。の投与が開始されました。

*裏寒(りかん)、つまりお腹を冷やして、腹痛や下痢などの消化器症状を起こした状態。

*気虚(ききょ)は「気」が不足して体力がない状態。

*血虚(けっきょ)は「血」が不足している状態で顔色が白い。

*瘀血(おけつ)は「血」が体の中で滞っている状態で手足の冷えなどがあります。

*水毒(すいどく)は、体に余分な水分が溜まっている状態でその人の一番弱い箇所に余分な水が溜まります。(*8)

☆本来のAさんは温厚な性格で、生け花・茶道などの趣味を楽しむ、比較的社交的な性格でした。

☆「当帰芍薬散」を服用から約2年間は中核症状の進行がなく、週3回の通所リハビリテーションを継続できました。

☆Aさんの場合は、リハビリテーションと「当帰芍薬散」が協調し、軽度認知障害 から認知症への進行を抑制することができたものと思われます。

☆「当帰芍薬散」は裏寒虚証で瘀血、血虚と水毒の証に効果があり、認知症の中核症状の進行抑制に対する効果が報告されています。(*9)

軽度認知障害から6年間に渡り、次々と現れる不安・興奮・妄想・徘徊・極度の食欲不振などを漢方薬で改善させ、QOLを高めた治療を紹介!

軽度認知障害から6年間に渡り、次々と現れる不安・興奮・妄想・徘徊・極度の食欲不振などを漢方薬で改善させ、QOLを高めた治療を紹介!(xxxnorthによるPixabayからの画像)

3.2年後、軽度認知障害から認知症になり、新たに現れたアパシー・不安・抑うつを「加味帰脾湯」が改善しました

臨床経過:①初診から2年後の8月頃から衣服の脱ぎ着が上手くできなくなりました。同時にアパシー(意欲低下、*10)が悪化し、不安や抑うつが出現しました。

②長谷川式認知症スケール17点、ミニメンタルステート検査18点になったため認知症と診断。

③アルツハイマー型認知症治療剤「ガランタミン」の服用を開始し、漢方薬は「加味帰脾湯(かみきひとう)」に変更。

④服薬開始後、Aさんの不安、抑うつは改善しました。

☆Aさんが軽度認知障害 から認知症になったため、アルツハイマー型認知症治療剤「ガランタミン」と「加味帰脾湯」の服用を開始したところ、不安、抑うつ症状が改善し、通所リハビリテーションを継続することができました。

☆Aさんの場合は、「ガランタミン」と「加味帰脾湯」の併用によって、その後2年間も中核症状も周辺症状(BPSD)も変動することなく経過しました。

☆「加味帰脾湯」の認知症に対する有効性に関しては、「ドネペジル」との併用でミニメンタルステート検査 の悪化を抑制したという報告(*14)や、長谷川式認知症スケールや日常生活動作と周辺精神症状について改善作用があったという報告(*15)、不眠・不安が顕著な認知症に有効という報告(*16)などがあります。

軽度認知障害から6年間に渡り、次々と現れる不安・興奮・妄想・徘徊・極度の食欲不振などを漢方薬で改善させ、QOLを高めた治療を紹介!

軽度認知障害から6年間に渡り、次々と現れる不安・興奮・妄想・徘徊・極度の食欲不振などを漢方薬で改善させ、QOLを高めた治療を紹介!(Sirawich RungsimanopによるPixabayからの画像)

4.さらに2年後、家族の顔が分からなくなり、夜中に徘徊するAさんを「抑肝散」が穏やかにしました

臨床経過:①初診から4年後の5 月頃から認知症の中核症状が進行。長谷川式認知症スケール11点、ミニメンタルステート検査13点。

②Aさんは家族の顔が分からなくなり、イライラして怒りやすく、興奮し、夜中に徘徊するようになりました。介護していた家族の負担は極限に到達。

③そこで漢方薬を「抑肝散(よくかんさん)」に変更。

「抑肝散」の服用1週目頃からAさんが穏やかになり、夜も熟睡するようになりました。

介護していたご家族は、Aさんのグループホーム入所を予定していましたが、症状の改善により中止。Aさんの在宅介護は継続され、通所リハビリテーションも継続されました。

☆「抑肝散」は「肝」が病的に亢進する状態を抑えるとともに、全身の「気」「血」の巡りを改善する多面的な作用があります。

☆「抑肝散」は怒りっぽさ・妄想幻覚・不眠・暴力暴言・徘徊・介護拒否・過食など興奮性の周辺症状(陽性BPSD)の緩和に効果があります。

軽度認知障害から6年間に渡り、次々と現れる不安・興奮・妄想・徘徊・極度の食欲不振などを漢方薬で改善させ、QOLを高めた治療を紹介!

軽度認知障害から6年間に渡り、次々と現れる不安・興奮・妄想・徘徊・極度の食欲不振などを漢方薬で改善させ、QOLを高めた治療を紹介!(ShunによるPixabayからの画像)

5.1年後、誤嚥性肺炎から回復するも極度の意欲低下と食欲不振が現れ、これを「補中益気湯」が改善しました

臨床経過:①初診から5年後の2 月、Aさんが誤嚥性肺炎で入院。

②回復後,Aさんに激しい意欲低下と食欲不振が現れ、ほぼ寝たきり状態になりました。

③長谷川式認知症スケール5点、ミニメンタルステート検査7点。

④漢方薬を「補中益気湯」に変え、中断していたリハビリテーションを再開。

⑤服薬1 週間後より食欲が回復し、無事に退院。

⑥その後肺炎の再発はなく、通所リハビリテーションを利用し、在宅介護を継続中。長谷川式認知症スケール9点、ミニメンタルステート検査11点と改善。

☆Aさんの症状が陽性BPSDから陰性BPSDへ変動し、ほぼ寝たきり状態に陥ったため、「補中益気湯」に変えました。

☆「補中益気湯」の効果でAさんは、気力・食欲が劇的に回復し、中断していたリハビリテーションを再開することができました。

☆Aさんはその後2 年間にわたって、誤嚥性肺炎を再発することなく、元気に通所リハビリテーションを継続し、在宅療養中です。

☆「補中益気湯」を高齢者が服用した場合、強力な補気作用により食欲、意欲が回復することにより、栄養状態・筋力・免疫抵抗力が向上し、肺炎再発予防や生活の質(Quality of Life:QOL)の改善が認められるとの報告があります。(*11)

☆「補中益気湯」がnatural–killer 細胞を活性化させるとの報告もあります。(*12)

軽度認知障害から6年間に渡り、次々と現れる不安・興奮・妄想・徘徊・極度の食欲不振などを漢方薬で改善させ、QOLを高めた治療を紹介!

軽度認知障害から6年間に渡り、次々と現れる不安・興奮・妄想・徘徊・極度の食欲不振などを漢方薬で改善させ、QOLを高めた治療を紹介!(Annette MillerによるPixabayからの画像)

Aさんの場合は、約2年周期で認知症が進行し、アパシー・抑うつ・不安・焦燥から興奮・妄想・徘徊さらに極度の食欲不振による衰弱など多種多様な周辺症状が現れました。陽性BPSDから陰性BPSDまで、精神的にも肉体的にも振り回され続けるご家族が追い詰められ、介護放棄や虐待、さらには介護殺人に走ってしまう状況も容易に想像できます。

でも、どうか諦めないでください!専門家による正しい診断に基づいて漢方薬を服用すれば、アパシー,抑うつ,不安,焦燥から興奮,妄想,徘徊さらに極度の食欲不振による衰弱も良くなります。周辺症状に困ったら、漢方の専門家に頼ってください。

軽度認知障害から6年間に渡り、次々と現れる不安・興奮・妄想・徘徊・極度の食欲不振などを漢方薬で改善させ、QOLを高めた治療を紹介!

軽度認知障害から6年間に渡り、次々と現れる不安・興奮・妄想・徘徊・極度の食欲不振などを漢方薬で改善させ、QOLを高めた治療を紹介!(Engin AkyurtによるPixabayからの画像)

謝辞:玉野雅裕先生をはじめこの研究に携わった先生方、ご協力なさった患者さんや職員の皆さま等全ての皆様に感謝するとともに、漢方薬が高齢者の健康長寿によりいっそう役立ち、認知症患者さんとご家族のみなさまがより良い時間を過ごせますよう、先生方の益々のご活躍・ご発展を祈念します。

☆症例報告「変動するアルツハイマー型認知症のBPSD に漢方薬が有効であった1症例」脳神経外科と漢方2020;6巻:33–38頁 玉野雅裕、 加藤士郎、 岡村麻子、 星野朝文、高橋晶、小倉絹子、 中村優子 

☆ 日本脳神経漢方医学会  日本脳神経漢方医学会は脳神経領域における漢方療法に関する研究を通じて、漢方医学の普及と研鑚を図ることを目的としています。「脳神経外科と漢方」は、日本脳神経漢方医学会 が発行。https://nougekampo.org/

補注

*1: 「長谷川式認知症テストのやり方と項目|点数の基準や自分でできる算定方法を解説」梅本ホームクリニック https://umemoto-homeclinic.com/hasegawa-shiki-dementia-test/

*2: 「認知機能の評価法と認知症の診断」一般社団法人日本老年医学会 https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/tool/tool_02.html

*3:「脈診(みゃくしん)は、不調の原因を教えてくれる!」おかだ鍼灸院 http://www.okada-harikyuu.jp/15924634605467

*4:「舌の状態からわかること」漢方と鍼灸 誠心堂薬局 https://www.seishin-do.co.jp/tcm/tongue/

*5:「腹診所見 漢方医学の考え方」  医療法人社団伝統医学研究会 あきば伝統医学クリニック  http://www.akibah.or.jp/publics/index/34/

*6: 「気・血・水…不調の原因をはかるものさし 漢方の基礎知識」飯塚病院漢方診療科 https://aih-net.com/kanpo/user/knowledge/kiketsusui.html

*7:「ツムラ漢方当帰芍薬散エキス顆粒」 https://www.tsumura.co.jp/products/ippan/035/index.html

*8: 「美肌をつくる「気」「血」「水」のバランス」漢・方・優・美 Kracie https://www.kampoyubi.jp/learn/beauty/01.html

*9:「稲永和豊, 他:老年期認知障害の当帰芍薬散による治療効果 ─多施設共同研究─. 」Prog Med 16:

293–300, 1996.

*10: 「【医師監修】認知症高齢者に見られる「アパシー」。うつとの違いや対処法は?|認知症のコラム」有料老人ホーム・高齢者住宅検索トップ さがしっくす https://www.sagasix.jp/column/dementia/apathy/

*11:「玉野雅裕, 他:補中益気湯,リハビリ併用による高齢者誤嚥性肺炎予防, QOL改善効果の臨床的検
討.」漢方と最新治療26: 53–58, 2017

*12:「大野修嗣:漢方薬「 補中益気湯」 のNatural–killer細胞活性に及ぼす影響」アレルギー 37: 107–114,1988.

*13:「漢方外来が開設されている全国の大学病院一覧(1/2)」https://kizuna-iyashi.com/2023/11/17/homemade-246/  

「漢方外来が開設されている全国の大学病院一覧(2/2)」https://kizuna-iyashi.com/2023/11/24/homemade-247/

*14:Ishida K : Effect of donepezil and kamikihito combination therapy on cognitive function in
Alzheimer’s disease: Retrospective study. Traditional & Kampo Medicine 3(2): 94–99, 2016

*15:「馬込敦:認知症に対する加味帰脾湯の効果」漢方と最新治療23: 135–140, 2014.

*16:「玉野雅裕, 他:不眠,不安が顕著な認知症に加味帰脾湯が有効であった1例」脳神経外科と漢方4:28–33, 2018.

この症例報告の先生方の所属(2020年時点)

玉野雅裕先生:協和中央病院東洋医学センター(〒309-1195 茨城県筑西市門井1676-1)、筑波大学附属病院

加藤士郎先生:野木病院、協和中央病院東洋医学センター、筑波大学附属病院

岡村麻子先生:つくばセントラル病院、協和中央病院東洋医学センター、東邦大学薬学部

星野朝文先生:霞ヶ浦医療センター耳鼻咽喉科、筑波大学附属病院

高橋晶先生:筑波大学医学医療系災害・地域精神医学

小倉絹子先生:つくばセントラル病院

中村優子先生:筑波大学医学医療系産婦人科学

以上

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