重症心不全で運ばれながら、認知症のために点滴の管を抜き、酸素マスクを外して暴れたPさんが漢方薬で鎮静した実例を紹介!
慢性心不全が急激に重症化し入院。ところが急激な環境変化が認知症の陽性BPSDも悪化させ、点滴の管を抜き、酸素マスクを外して暴れたPさんが漢方薬+西洋医学的治療で快復できた実例を紹介します。
1.実例:88歳女性、Pさん
主な症状:治療拒否など陽性BPSD
既往歴:糖尿病、高血圧、認知症、慢性心不全。
現病歴:①5 年前から記憶障害がゆっくりと進行。
②アルツハイマー型認知症治療薬で皮膚に貼るテープ剤の「リバスチグミンパッチ製剤」等が処方されたが、副作用のため中止。
③2 年前から遂行機能障害、興奮、暴力、徘徊、など陽性BPSDが現れる。
④血圧も上昇し、慢性心不全が急激に悪化する症状を繰り返し、入退院を繰り返す。
⑤今回、風邪をきっかけに心不全が急激に悪化して入院。
家族歴:特記なし
西洋医学的所見:身長150 cm、体重50 kg。
胸腹部理学的所見及び神経学的所見:異常なし。
頭部MRI 検査:全体的に脳の萎縮がかなり進んでいる。
胸部レントゲン検査:心臓の収縮する力が低下しているため、心臓自体が大きくなっている(=心不全)(*1)(CTR 62%、成人では通常50%以上で心拡大と判定)
心電図:心臓に血の循環が足りなくなっている状態(虚血性変化)(*2)がある。
2.Pさんの漢方医学的所見
*絶えずイライラし、まぶたがピクピクとけいれんしている。
【まぶたのけいれん】は、西洋医学では眼精疲労・睡眠不足・自律神経の乱れなどストレスが重なって出る症状と考えます。漢方では、イライラもまぶたのピクピクも五臓の「肝の乱れ」と捉えます。(*3)
*脈は弦で細。
【弦脈(げんみゃく)】というのは弓の弦が張ったような縦方向に緊張感のある脈で、ストレスや「気滞」という気の流れが停滞している人によく現れます。(*4)
*舌は紅、湿潤、微白苔あり。
漢方医学では、舌苔は病気の重症度と寒熱の判断に用いています。さらに舌全体として舌の湿潤度を見て、身体の乾燥度合を推測します。
【舌の色が紅、赤みの強い色】の場合は熱症状があります。舌に白または黄色の舌苔がみられ、イライラしやすい場合は、「気」の巡りが滞っていると考えられます。
*右側に軽度の「胸脇苦満(きょうきょうくまん)」。これは、患者さんが胸脇部に充満感・閉塞感を覚える症状で、その方の体力、ストレスを示します。(*5)
*腹皮攣急(ふくひれんきゅう)。
【腹皮攣急】とは、腹直筋が左右2本の棒のように固くなって、腹筋が膨らんでみえる様子です。腹直筋が過度に緊張していて、交感神経の過緊張状態を示しています。(*6)
*少陽病(しょうようびょう)。
【少陽病】とは急性の病気が、急性から慢性炎症となり、症状が体の表面と内部の中間にある時期を指します。(*7)
*八綱分類では、「裏熱虚証(りねつきょしょう)」。体質と症状を分類して判定する漢方の定義が、八綱分類です。この分類でPさんは「裏証+熱証+虚証」と判定されます。(*8)
【「裏証」】とは、病気がある場所の分類で、Pさんの病気は胴体部分や内臓にあります。
【「熱証」】とは、病気の性質で、興奮的・機能異常亢進的・炎症的な症状です。
【「虚証」】とは、病気の勢いとPさんの抵抗力を比べて、体力・抵抗力が弱くて病邪が強い場合です。
「虚証」の方は、体力や元気があまりなく汗が出ています。やせていて色白、声がか細く、胃腸が弱く、すぐに疲れやすい、いわゆる虚弱体質です。
*Pさんは気滞、気逆、肝鬱化火。
【気逆(きぎゃく)】「気」は、上に昇りやすい性質を持っています。Pさんの症状は「気」の働きが不安定になって、全身にまわるべき「気」が上の方に突き上げるため起きると考えられ、「気逆(きぎゃく)」と呼びます。
【気滞(きたい)】生体を循環するエネルギーである「気」が局所で停滞すると、その場所に違和感を覚えます。のどのつまり感、胸や腹が張った感じなど、気分が沈んで優れない等です。全身的な気の停滞を「気欝(きうつ)」または「気滞(きたい)」と呼びます。(*9)
【肝鬱化火(かんうつかか)】漢方の「肝」とは、精神情緒、自律神経系、蔵血、気の巡りをつかさどる臓器のことです。「肝」の働きが悪くなると、気の巡りが鬱滞し、情緒不安定になりやすくなります。 また、「気」は身体を温めるエネルギーなので、滞って詰まってくると「熱・火」という病的なもの(邪気)に変化します。 この状態を、「肝鬱化火(かんうつかか)」と言います。(*10)Pさんの陽性BPSDはこれにあたります。
3.Pさんの漢方薬+西洋医学的治療による臨床経過
臨床経過:①入院した時からPさんは落ち着きがなく、興奮し、点滴の管や酸素マスクを自分で抜き取ってあばれた。そのため、救命治療は困難を極めた。
②すぐに「抑肝散」(*11)を処方し、服用した夜から興奮状態がおさまり、静かになった。
③西洋医学的治療も問題なく行われ、心不全は劇的に快復した。
この症例報告の考察で、玉野 雅裕先生は以下のように書かれています。
『抑肝散は熟眠を誘導し、心身、自律神経を安定化させる。「肝」の陽気の病的亢進状態を抑制するとともに、全身の気血の巡りを改善する多面的な作用を持つ。さらに気滞改善、鎮静作用も重要と思われる。』
このような複合的な漢方薬の効能があったからこそ、1分1秒を争う状況で点滴の管を抜き、酸素マスクを外して治療を拒否するPさんを鎮めることができ、救急治療がちゃんと行われ、Pさんは劇的に回復できたのでしょう。
もしもあなたも認知症の興奮や暴力、徘徊などに困っていらっしゃるなら、漢方薬も最新の西洋薬も処方できる医療機関を探してみませんか?
謝辞:玉野雅裕先生をはじめこの研究に携わった先生方、ご協力なさった患者さんや職員の皆さま等全ての皆様に感謝するとともに、漢方薬がシニアの健康長寿によりいっそう役立ち、患者さんとご家族のみなさまがより良い時間を過ごせますよう、先生方の益々のご活躍・ご発展を祈念します。
☆症例報告「認知症診療におけるQOL,生命予後改善を見据えた漢方治療の有効性」、玉野 雅裕 / 加藤 士郎 / 岡村 麻子 / 星野 朝文 /高橋 晶 、脳神経外科と漢方 2017年3巻57-62頁、https://www.jstage.jst.go.jp/article/jnkm/3/1/3_11/_article/-char/ja/
☆漢方のお医者さん探し ―漢方・漢方薬に詳しい医療機関(病院・医院・医師)を8,968件から検索できます。―https://www.gokinjo.co.jp/kampo/
☆ 日本脳神経漢方医学会 日本脳神経漢方医学会は脳神経領域における漢方療法に関する研究を通じて、漢方医学の普及と研鑚を図ることを目的としています。「脳神経外科と漢方」は、日本脳神経漢方医学会 が発行。https://nougekampo.org/
補注
*1: 「心拡大 心拡大とは、心臓自体が大きくなる状態です。心臓は収縮する力が低下すると、徐々に部屋が拡大していきます。そのため、心拡大は心臓の収縮力が低下している疑いがあります。」すみだブレインハートクリニック https://s-brainheart.com/%E5%BF%83%E8%82%A5%E5%A4%A7#:~:text=%E5%BF%83%E6%8B%A1%E5%A4%A7%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81%E5%BF%83%E8%87%93%E8%87%AA%E4%BD%93%E3%81%8C%E5%A4%A7%E3%81%8D%E3%81%8F%E3%81%AA%E3%82%8B%E7%8A%B6%E6%85%8B,%E3%81%AF%E4%BB%96%E3%81%AB%E3%82%82%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
*2: 「虚血性変化 心臓の虚血性変化のことを「虚血性心疾患」と呼びます。心臓に虚血性変化が起きると、胸痛や息切、胸部不快、胸部違和感、背部痛、肩の痛み、人によっては歯が痛む人も。」院長ブログ すぎおかクリニック https://sugioka-clinic.jp/blog/%E8%99%9A%E8%A1%80%E6%80%A7%E5%A4%89%E5%8C%96/
*3: 「目のピクピクはなぜ起こる?漢方では、風(ふう)の影響を受けている状態と考えます。風の影響を身体が受けると、ふるえ、しびれ、かゆみ、けいれん(ピクピク)、などの症状があらわれます。」漢方ライフ 薬日本堂株式会社https://www.kampo-sodan.com/column/column-5280
*4: 「脈状 東洋医学の診察法~脈状」翁鍼灸治療院 https://www.ou-hari.com/tyuigaku15.html
*5:「漢方外来 胸脇苦満は気管支炎、肺炎、胸膜炎、肝炎など横隔膜周囲の臓器の炎症や種々の精神疾患ででやすいとされる。」患者さんのための機関紙きよかぜ 静岡市立清水病院 https://www.shimizuhospital.com/organ/6545/
*6: 「腹皮拘急 腹直筋が過度に緊張した状態です。交感神経の過緊張状態と考えられています。直腹筋の拘攣は、芍薬でゆるめるのが通常の方法で、四逆散、小建中湯、桂枝加芍薬湯、などが処方されます。」漢方診療 医療法人グロース桂川さいとう内科循環器クリニック https://clinicsaito.com/service/kanpou/
*7: 「少陽病(しょうようびょう)…病気の停滞」漢方の基礎知識 飯塚病院漢方診療科 https://aih-net.com/kanpo/user/knowledge/rokkei.html
*8: 「【八綱分類の説明】証とは、体質的なものと症状的なものとを合わせて、その人がその時点で現している体の状況です。八綱分類は、証についての基本です。証の判定のための「物差し」の定義です。」ハル薬局 http://www.halph.gr.jp/goods/hakkoubunrui100.html
*9: 「気(き)…生命活動を支えるエネルギー」漢方の基礎知識 飯塚病院漢方診療科 https://aih-net.com/kanpo/user/knowledge/kiketsusui.html
*10: 「イライラ・ゆううつなど、情緒不安定になりがちな『肝鬱(かんうつ)タイプ』」第56回 更年期を過ごしやすくする! タイプ別漢方・養生法 薬読 薬剤師のエナジーチャージ https://yakuyomi.jp/knowledge_learning/chinese_medicine/01_062/#:~:text=%E3%80%8C%E8%82%9D%E3%80%8D%E3%81%AE%E5%83%8D%E3%81%8D%E3%81%8C%E6%82%AA%E3%81%8F,%EF%BC%89%E3%80%8D%E3%81%AA%E3%81%A9%E3%81%A8%E5%91%BC%E3%81%B3%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
*11: 「ツムラ漢方 抑肝散(よくかんさん)体力中等度をめやすとして、神経がたかぶり、怒りやすい、イライラなどがあるものの次の諸症:神経症、不眠症、小児夜泣き、小児疳症(神経過敏)、歯ぎしり、更年期障害、血の道症」ツムラ https://www.tsumura.co.jp/products/ippan/054/index.html
☆この症例報告の先生方の所属(2016年時点)
◎玉野雅裕先生:協和中央病院東洋医学センター〔〒309-1195 茨城県筑西市門井1676 番地1 〕、筑波大学附属病院
◎加藤士郎先生:野木病院、協和中央病院東洋医学センター、筑波大学附属病院
◎岡村麻子先生:つくばセントラル病院、協和中央病院東洋医学センター
◎星野朝文先生:霞ヶ浦医療センター耳鼻咽喉科、筑波大学附属病院
◎高橋晶先生:筑波大学医学医療系災害・地域精神医学
以上