漢方薬なら、認知症の不眠・せん妄・興奮・暴力・暴言・幻覚・食欲低下やだるさなどを治療できます!(後編)
「アルツハイマー病と漢方薬」について筑波大学大学院の水上勝義先生が、2014年の日本脳神経外科漢方医学会で語られた特別講演(*1)の内容を5章にまとめました。10月13日にアップした前編に続き、3~5章をお届けします。
3.20年以上前から不穏,興奮,抑うつ,不安,焦燥,ADL,認知機能等の治療に使用した症例報告のある「黄連解毒湯(おうれんげどくとう)」を脳出血後遺症の58歳男性に投与した症例
症例:58歳男性、Dさん
主な症状:不機嫌、怒りっぽい、胃の調子が悪い
既往歴:脳出血
生活歴:記載なし
現病歴:近所のかかりつけ医が降圧剤と胃薬を投与
西洋医学的所見:血圧は156 ⁄ 96 mmHg
漢方医学的所見:赤ら顔、話をするとすぐ上気するタイプ
治療経過:①「黄連解毒湯」を1日5 g投与から開始
②投与から2週間後の再診時には、不機嫌・易怒性(怒りっぽさ)が改善し、Dさん自ら「気分がいい」と言っておられました。
③その後、胃薬、降圧剤を減らすことができました。
☆「黄連解毒湯」:高血圧や皮膚掻痒症(ひふそうようしょう、皮膚に発疹や目立った異常がないのにかゆみだけがある病気)、胃炎、不眠症、ノイローゼなどさまざまな症状や病態に効果があります。
基礎研究では,脳血流改善作用が報告されていますが、「黄連解毒湯」は実証(*6)の薬で虚証(*6)の方では副作用が現われやすくなるので、処方に際して注意が必要になります。
☆服薬のタイミング:夜間の不穏行動など、夜間の症状だけであれば夕食前、寝る前の2 回投与か、寝る前1 回投与でも効果があったと報告されています。
4.漢方薬の認知機能障害と身体症状に対する効果について
☆「八味地黄丸(はちみじおうがん)」: もともと漢方の抗老化薬という位置づけで、認知機能改善効果が報告されている漢方薬です。また、股関節から下の足のしびれや頻尿などの症状にも用いられる薬です。
☆アルツハイマー型認知症や混合型認知症を対象としたプラセボ対照比較試験(*7 被験者に偽薬か治験薬をランダムに割り当てて薬効を調査する試験方法):
試験の結果、「八味地黄丸」を投与したグループは、MMSE(*8 認知機能レベルを客観的に測定することを目的とした神経心理検査) の得点が改善。
その後「八味地黄丸」を休薬すると、プラセボ(偽薬)を投与したグループのMMSEレベルと変わらなくなったことが報告されています。
◎投与したグループの認知機能レベルが改善した理由として「八味地黄丸」には、神経伝達物質であるアセチルコリン(*9)を合成する際に働く酵素を活性化させる作用があると考えられています。
アセチルコリンは末梢神経系のシナプス(*10 神経細胞同士が連絡する接点)で伝達物質として働きます。中枢神経系の一部にもアセチルコリンを伝達物質とする神経があり、神経系以外でも化学伝達物質として幅広い作用を発揮します。
つまり「八味地黄丸」がアセチルコリン合成を活性化させる酵素を活発化させることで、アセチルコリンが活性化し、認知機能改善効果をもたらしたと考えられます。
さらに、足のしびれや頻尿を訴える認知症の患者さんに「八味地黄丸」を投与すると、身体症状と同時に認知機能にもプラスの効果が得られる可能性があります。
☆「半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)」:精神科では不安障害や、喉に違和感があり、内側に何か物が詰まったような感じがするという訴え、いわゆるヒステリー球症状(*11)などに使います。また「半夏厚朴湯」が嚥下障害に対して有効というデータがあります。
◎「半夏厚朴湯」は、特に認知症の誤嚥性肺炎のリスクを低減する、あるいは誤嚥性肺炎の既往がある高齢者の嚥下反射を改善するというデータが報告されています。
◎血管性認知症やレビー小体型認知症の患者さんは、嚥下機能が低下しやすく、誤嚥リスクが高まります。「半夏厚朴湯」はこのような場合にも効果があると考えられます。
◎効果のメカニズムはまだはっきり分かっていませんが、基礎的研究から食べ物を飲み込んだり咳をするように神経に働きかける神経伝達物質の増加や、運動機能や認知機能に働く神経伝達物質ドパミン系(*12)が活発になる効果などが示され、嚥下障害の改善効果と関連すると考察されています。
5.漢方は西洋医学のように症状を抑え込むのではなく、免疫力や治癒力を高める治療を行います
認知症を患うシニアの場合、ちょっとした体調の変化や薬の影響で食欲が落ち、その後急速に寝たきりになることも珍しくありません。食欲低下から寝たきりになっていくような経過に対して、補剤(ほざい)を活用する治療が非常に有効です。
補剤とは、体力や気力などの生体のもつエネルギーが低下したときに不足したものを補い、病態を回復させる生薬を組合せて処方する漢方薬です。食欲や活気がないある患者さんに対して補剤が高い効果を発揮した、水上先生が担当した症例を紹介します。
症例:79歳男性、Eさん
主な症状:記憶障害、見当識障害、疲れやすい、倦怠感、やる気がおきない、関心の低下、食後が眠い
既往歴:①77歳頃からもの忘れが現れる。
②78歳で、「スコップを盗まれた」と訴えるようになる。
③日中の眠気、倦怠感を訴えて横になることが多くなる。興味、関心も低下したため、近所のかかりつけ医が抗認知症薬ドネペジルを投与したが改善が見られず、水上先生を受診。
治療経過:①記憶障害、見当識障害、自発性低下、関心の低下などが目立ち、一見うつにみえました。けれど、ご本人に尋ねると「特に具合は悪くない。気分もゆううつではない。つらくない」と言います。本人につらさの自覚がないのです。
この場合、うつではなくアパシー(*13)です。アパシーとは普通なら感情が動かされる刺激対象に対して関心がわかない状態のことを言い、興味や意欲の障害です。
「うつ」と診断を間違って抗うつ薬のSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)を投与しても効果はありません。逆にアパシーが悪化することがあります。
Eさんが訴えている「食後の眠気」は、漢方の「気虚(ききょ)」の徴候の1つです。元気の源である“生命エネルギー”であり、精神をコントロールする気持ちの“気”、さらにカラダのすべてを動かしコントロールする“機能”でもある『気』が少なくなり、不足している状態が「気虚」です。
そこで、『気』をおぎなう補剤として「補中益気湯(ほちゅうえっきとう)」を処方しました。
②投薬開始2 週間で、興味・関心が回復し、日中起きている時間が長くなり、その後散歩も開始しました。
③夜もぐっすり眠れるようになり、午前中の体のだるさは残っていますが、畑仕事への意欲が戻って来たそうです。
このように漢方治療は有効です。漢方治療の利点はこのようになります。
認知症患者さんへの漢方治療のプラス面
①安全性
②ADL(日常生活を送るために最低限必要な日常的な動作)や認知機能を低下させずむしろ改善効果がみられる漢方薬もあります。
③漢方薬によっては併用薬を減らせます。
④身体疾患の治療に用いる漢方薬で認知機能に対する効果が期待できます。
⑤釣藤散(ちょうとうさん)、黄連解毒湯、当帰芍薬散には脳神経保護作用があります。抑肝散や釣藤散に共通する生薬の釣藤鈎(ちょうとうこう)にはアミロイドβが集まって大きく固まることを防ぐ作用が認められます。
「以上の点から漢方薬を活用していくことが認知症診療において非常に有益です」と水上先生は講演を纏められました。
10月3日の東京新聞の記事(*14)によると、80歳の男性が6~7年も介護してきた妻の首を絞めて殺害したそうです。「暴れて手に負えなくなった。もうだめだと思って殺した」と。こんな報道に接するたび、口惜しいです。もしもこの男性が漢方治療を知っていれば妻を殺すほど追い込まれなかったはずだからです。
徘徊や過食、暴力や介護拒否など認知症のBPSDに困っていらっしゃるなら、どうか漢方治療を試してください!!
謝辞:筑波大学大学院人間総合科学研究科教授 水上勝義先生をはじめこの研究に携わっていらっしゃる先生方、ご協力なさった患者さんや職員の皆さま等全ての皆様に感謝するとともに、漢方薬が高齢者の健康長寿によりいっそう役立ち、認知症の家族を在宅介護なさっている方々の負担が少しでも軽減されるよう、先生方の益々のご活躍・ご発展を祈念します。
注)
*1: 特別講演「認知症の治療とケアの最前線 ~アルツハイマー病と漢方薬」【脳神経外科と漢方】2015年Vol.1 1-6頁、第23 回日本脳神経外科漢方医学会学術集会 2014 年11 月8 日(土)【講演記録】水上勝義 筑波大学大学院人間総合科学研究科教授 chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.jstage.jst.go.jp/article/jnkm/1/1/1_01/_pdf/-char/ja
*2:「体質を知り免疫力アップ!『気虚』のあなたは、疲れやすく、頑張りたくても頑張れないタイプ」Kampoful Life byクラシエの漢方 https://www.kracie.co.jp/kampo/kampofullife/body/?p=8455
*3:「アポトーシスについて」内閣府認証 特定非営利活動法人 NPOフコイダン研究所 https://www.fucoidan-life.com/basicexperiment/apoptosis/
*4: 「臨床試験において、オープン試験とは、被験者が受ける治験内容が被験者、試験実施者および解析担当者に秘匿されていない試験です。すべての被験者が同一の治験を受ける一群試験、治験を受けない対照群をおく二群試験などがあります。」健康用語の基礎知識 ヤクルト中央研究所https://institute.yakult.co.jp/dictionary/word_5442.php
*5:「せん妄 せん妄とは、場所や時間を認識する“見当識”や覚醒レベルに異常が生じ、幻覚・妄想などにとらわれて興奮、錯乱、活動性の低下といった情緒や気分の異常が突然引き起こされる精神機能の障害です。」Medical Note https://medicalnote.jp/diseases/%E3%81%9B%E3%82%93%E5%A6%84?utm_campaign=%E3%81%9B%E3%82%93%E5%A6%84&utm_medium=ydd&utm_source=yahoo
*6:「漢方の基礎知識5「虚実とは」 漢方には、個人個人の体質を知るための診断方法がいくつかあります。その中のひとつが「虚実(きょじつ)」です。「虚実」には「実証(じっしょう)」と「虚証(きょしょう)」があり、簡単にいうと実証は「邪気(じゃき)など外からの刺激によって不調になるもの」、虚証は「必要なものが不足し、体の機能が低下しているもの」を指します。」Kampoful Life by クラシエの漢方 https://www.kracie.co.jp/kampo/kampofullife/about_kampo/?p=11756
*7:「プラセボ対照試験」公益社団法人日本薬学会 薬学用語解説 https://www.pharm.or.jp/words/post-26.html
*8:「認知機能の評価法と認知症の診断 表1 認知機能検査(スクリーニング検査) 5) MMSE (Mini-Mental State Examination:ミニメンタルステート検査)」一般社団法人日本老年医学会 https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/tool/tool_02.html
*9:「アセチルコリン」脳科学辞典 https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%A2%E3%82%BB%E3%83%81%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%AA%E3%83%B3
*10:「シナプス」脳科学辞典 https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%97%E3%82%B9
*11:「喉の違和感・異物感、喉が詰まる感じがする『咽喉頭異常感症(ヒステリー球)』の症状と治し方」Kampoful Life by クラシエの漢方 https://www.kracie.co.jp/kampo/kampofullife/heart/?p=1299
*12:「ドーパミン」脳科学辞典 https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%9F%E3%83%B3
*13:「アパシー」脳科学辞典 https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%A2%E3%83%91%E3%82%B7%E3%83%BC
*14:「「暴れて手に負えなく…もうだめだと思って」妻殺害容疑で80歳夫逮捕 老老介護が背景か」東京新聞TOKYO Web https://www.tokyo-np.co.jp/article/281436
☆「日本脳神経外科漢方医学会」https://nougekampo.org/
以上