漢方薬なら、認知症の不眠・せん妄・興奮・暴力・暴言・幻覚・食欲低下やだるさなどを治療できます!(前編)
今回は、「アルツハイマー病と漢方薬」について筑波大学大学院の水上勝義先生が、2014年の日本脳神経外科漢方医学会で語られた特別講演(*1)の内容を5章にまとめました。前編と後編に分けて、より分かりやすく紹介します。
1.認知症のBPSD(不眠・せん妄・興奮・暴力・暴言・幻覚・食欲低下など)治療で使用した症例データがある漢方薬
2005 年に認知症の患者さんに対する抗精神病薬の使用により死亡率が上昇することが指摘されました。このような経緯があり、抗精神病薬に代わる代替治療薬の1つとして漢方薬治療に光があたりました。
その結果BPSD(認知症の周辺症状)治療に対する報告のある漢方薬は,抑肝散、抑肝散加陳皮半夏、釣藤散、黄連解毒湯、当帰芍薬散、補中益気湯、酸棗仁湯などがあります。
☆「補中益気湯(ほちゅうえっきとう)」:食欲低下やだるさなど気虚(ききょ)(*2)の症状に対して使われるお薬です。
気虚とは身体のエネルギー=『気』が不足している状態です。漢方では『気』は、元気の源である“生命エネルギー”であると同時に、精神をコントロールする気持ちの“気”、さらにはカラダのすべてを動かしコントロールする“機能”でもあると考えています。そのため気虚になり『気』が不足すると、カラダにとても大きな悪影響を及ぼします。
「補中益気湯」は、不足した『気』をおぎない、『気』を増やすことによって食欲を増して体力を回復させ,活動性を上げることが期待されます。
☆「酸棗仁湯(さんそうにんとう)」:この薬は漢方の睡眠薬という位置づけの薬です。認知症の不眠,あるいはせん妄に関する症例報告があります。
☆「当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)」:婦人科系疾患や女性の症状に非常によく使われる薬です。基礎研究では、血流改善作用や抗アポトーシス作用(遺伝子に組み込まれ、細胞が他からの影響を受けず自ら壊れるよう作られたプログラムが作用しないような働き)(*3)が報告されており、認知症に対する臨床研究も報告されています。
☆「当帰芍薬散」を投与するオープン試験(*4):九州地方で80名のアルツハイマー型認知症患者と血管性認知症患者に同一の「当帰芍薬散」を投与する試験が行われました。その結果、睡眠障害、情緒障害に対して効果があると報告されています。
2.1984年から症例や試験情報の蓄積がある「抑肝散(よくかんさん)」が有効な症例報告
☆「抑肝散(よくかんさん)」:もともと「抑肝散」は子どもの夜泣き、かんの虫の薬です。
☆1984年発表の「抑肝散」を投与した症例:認知症を含む48 名の情緒障害を認める高齢者に対して「抑肝散」を投与。その結果は以下の通りです。
著しく効果があった 32名
効果があった 11名
やや効果があった 3名
効果が無かった 2名
ときわめて高い有効率です。(ただし西洋薬の試験とは異なり、この研究では「抑肝散」が効きやすいと考えられる体質(証)の患者さんを選んでいるため、驚異の有効率に影響しています。)
特に効果がみられた症状は不眠、易怒性(いどせい、怒りっぽいこと)、興奮、せん妄(*5)です。これらは最近の「抑肝散」の報告で効果がみられる症状と一致しています。
☆2005年に東北大学で実施された「抑肝散」のコントロール試験(*6): アルツハイマー型認知症、血管性認知症、混合型、それからレビー小体型認知症の患者さんを対象とし、無作為に2グループに分けたうえで実施しました。
【「抑肝散」を投与するグループ】と【「抑肝散」を投与しないグループ】で試験開始から4 週間後には、以下の結果がでています。
「抑肝散」投与グループ: BPSD(認知症の周辺症状)が改善
「抑肝散」投与しなかったグループ:改善なし
同時に「抑肝散」投与グループはADL(日常生活を送るために最低限必要な日常的な動作) も改善したことが報告されています。漢方薬の場合には、このようにBPSD以外の、ADL あるいは認知機能などにも効果がみられることがあります。
☆筑波大学水上先生グループと関東地区20施設で「抑肝散」を投与する共同研究:
A群:「抑肝散」を最初4 週間服用し、後半の4 週間は休薬
B群:「抑肝散」を最初4週間は休薬し、後半の4 週間に服用
この結果、A群は、4 週間の服用によってBPSDが改善しました。興味深かったのは、服用をやめた後半4 週間もリバウンドによる悪化がみられず、改善が持続していたことです!
B 群は服用しなかった前半4 週間はBPSDに改善はみられず、後半4 週間に改善しました。
改善された個々の症状は、以下の通りです。
A群:妄想、幻覚、興奮、易刺激性(いしげきせい、本来であれば気にしないような些細な刺激に対して反応しやすくなる症状)、異常行動が改善
B 群:興奮、うつ、不安、易刺激性が改善
A群もB 群も興奮や易刺激性に効果がありました。
☆抗精神病薬スルピリド(販売名:ドグマチール)に「抑肝散」を併用した場合の臨床試験:
【「抑肝散」とスルピリドを併用したグループ】と【スルピリドだけを投与したグループ】について効果を検討した臨床試験では、併用グループではBPSDが改善し、スルピリドの使用量が減量できました。
つまり、「抑肝散」を投与することで抗精神病薬を減らせる可能性があります。
☆抗認知症薬ドネペジル(販売名:アリセプト)と「抑肝散」の併用効果の研究報告:
【ドネペジルだけを投与したグループ】よりも【「抑肝散」を併用したグループ】の方がBPSDの改善がみられたと報告されています。(後編に続く)
10月20日アップする後編では、以下の内容を紹介します。
3.20年以上前から不穏,興奮,抑うつ,不安,焦燥,ADL,認知機能等の治療に使用した症例報告のある「黄連解毒湯(おうれんげどくとう)」を脳出血後遺症の58歳男性に投与した症例
4.漢方薬の認知機能障害と身体症状に対する効果について
5.漢方治療は西洋医学のように症状を抑え込むのではなく、免疫力や治癒力を高める治療を行います
謝辞:筑波大学大学院人間総合科学研究科教授 水上勝義先生をはじめこの研究に携わっていらっしゃる先生方、ご協力なさった患者さんや職員の皆さま等全ての皆様に感謝するとともに、漢方薬が高齢者の健康長寿によりいっそう役立ち、認知症の家族を在宅介護なさっている方々の負担が少しでも軽減されるよう、先生方の益々のご活躍・ご発展を祈念します。
注)
*1: 特別講演「認知症の治療とケアの最前線 ~アルツハイマー病と漢方薬」【脳神経外科と漢方】2015年Vol.1 1-6頁、第23 回日本脳神経外科漢方医学会学術集会 2014 年11 月8 日(土)【講演記録】水上勝義 筑波大学大学院人間総合科学研究科教授 chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.jstage.jst.go.jp/article/jnkm/1/1/1_01/_pdf/-char/ja
*2:「体質を知り免疫力アップ!『気虚』のあなたは、疲れやすく、頑張りたくても頑張れないタイプ」Kampoful Life byクラシエの漢方 https://www.kracie.co.jp/kampo/kampofullife/body/?p=8455
*3:「アポトーシスについて」内閣府認証 特定非営利活動法人 NPOフコイダン研究所 https://www.fucoidan-life.com/basicexperiment/apoptosis/
*4: 「臨床試験において、オープン試験とは、被験者が受ける治験内容が被験者、試験実施者および解析担当者に秘匿されていない試験です。すべての被験者が同一の治験を受ける一群試験、治験を受けない対照群をおく二群試験などがあります。」健康用語の基礎知識 ヤクルト中央研究所https://institute.yakult.co.jp/dictionary/word_5442.php
*5:「せん妄 せん妄とは、場所や時間を認識する“見当識”や覚醒レベルに異常が生じ、幻覚・妄想などにとらわれて興奮、錯乱、活動性の低下といった情緒や気分の異常が突然引き起こされる精神機能の障害です。」Medical Note https://medicalnote.jp/diseases/%E3%81%9B%E3%82%93%E5%A6%84?utm_campaign=%E3%81%9B%E3%82%93%E5%A6%84&utm_medium=ydd&utm_source=yahoo
*6:「漢方の基礎知識5「虚実とは」 漢方には、個人個人の体質を知るための診断方法がいくつかあります。その中のひとつが「虚実(きょじつ)」です。「虚実」には「実証(じっしょう)」と「虚証(きょしょう)」があり、簡単にいうと実証は「邪気(じゃき)など外からの刺激によって不調になるもの」、虚証は「必要なものが不足し、体の機能が低下しているもの」を指します。」Kampoful Life by クラシエの漢方 https://www.kracie.co.jp/kampo/kampofullife/about_kampo/?p=11756
*7:「プラセボ対照試験」公益社団法人日本薬学会 薬学用語解説 https://www.pharm.or.jp/words/post-26.html
*8:「認知機能の評価法と認知症の診断 表1 認知機能検査(スクリーニング検査) 5) MMSE (Mini-Mental State Examination:ミニメンタルステート検査)」一般社団法人日本老年医学会 https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/tool/tool_02.html
*9:「アセチルコリン」脳科学辞典 https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%A2%E3%82%BB%E3%83%81%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%AA%E3%83%B3
*10:「シナプス」脳科学辞典 https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%97%E3%82%B9
*11:「喉の違和感・異物感、喉が詰まる感じがする『咽喉頭異常感症(ヒステリー球)』の症状と治し方」Kampoful Life by クラシエの漢方 https://www.kracie.co.jp/kampo/kampofullife/heart/?p=1299
*12:「ドーパミン」脳科学辞典 https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%9F%E3%83%B3
*13:「アパシー」脳科学辞典 https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%A2%E3%83%91%E3%82%B7%E3%83%BC
*14:「「暴れて手に負えなく…もうだめだと思って」妻殺害容疑で80歳夫逮捕 老老介護が背景か」東京新聞TOKYO Web https://www.tokyo-np.co.jp/article/281436
☆「日本脳神経外科漢方医学会」https://nougekampo.org/
以上