漢方薬治療:認知症による過食で急激に悪化した糖尿病を漢方薬で改善させた実例を紹介します!(後編)

漢方薬治療:認知症による過食で急激に悪化した糖尿病を漢方薬で改善させた実例を紹介します!(後編)

漢方薬治療:認知症による過食で急激に悪化した糖尿病を漢方薬で改善させた実例を紹介します!(後編)(Evgeni TcherkasskiによるPixabayからの画像)

9月29日の前編では、糖尿病が認知症を引き寄せてしまう原因とお互いに絡み合って悪化する悪循環を解説しました。この後編では、玉野雅裕先生がたの研究チームが2016年の「漢方医学」に発表された症例報告(*1)から認知症による劇的な過食で悪化させた糖尿病を漢方薬で改善できた症例を紹介します。

3.認知症の「過食」で悪化した糖尿病を、漢方薬「抑肝散(よくかんさん)」で改善させた症例

症例:82歳、女性Cさん

主な症状:不眠、興奮、過食、早食い、腎盂腎炎(*9)

既往歴:特記なし

生活歴:記載なし

現病歴:①1年前から短期記憶障害(*7)がじょじょに進行。

半年前から「全般的意欲の低下」「遂行機能障害」(*8)の症状が現れたので、アルツハイマー型認知症治療剤「リバスチグミン」を最適な量を探るために少しずつ増やしながら投与。

③アルツハイマー型認知症治療剤「リバスチグミン」投与開始から2カ月後、意欲は回復。しかし、不眠・興奮・過食・早食い症状がひどく、糖尿病が急激に悪化し、急性腎盂腎炎(*9)で入退院を繰り返す。

漢方薬治療:認知症による過食で急激に悪化した糖尿病を漢方薬で改善させた実例を紹介します!(後編)

漢方薬治療:認知症による過食で急激に悪化した糖尿病を漢方薬で改善させた実例を紹介します!(後編)(KanenoriによるPixabayからの画像)

西洋医学的所見:身長150㎝、体重44㎏、胸腹部に異常なし、神経学的所見に異常なし。

頭部MRI両側海馬領域に脳萎縮あり。

血糖値空腹時血糖182mg/dL食後血糖310 mg/dLHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)8.8%

  参考:(*10)

  正常な空腹時血糖値:110mg/dL未満

      正常な食後血糖値:70~140mg/dL

  血液中HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー) 6.5%:糖尿病の疑いあり

  合併症予防のためのHbA1c目標値:7.0%未満

  治療強化が困難な際のHbA1c目安:8.0%未満

漢方医学的所見:*体格中等度

*イライラ、焦燥感あり。

*顔面は赤みをおびていて、手足は温かい

*脈の様子、舌の様子、お腹のかたさ、左右のあばら骨の下のツボの様子、臍(へそ)の左上の腹部大動脈に触れるツボの様子などの描写あり(専門的すぎるので省略)。

漢方薬治療:認知症による過食で急激に悪化した糖尿病を漢方薬で改善させた実例を紹介します!(後編)

漢方薬治療:認知症による過食で急激に悪化した糖尿病を漢方薬で改善させた実例を紹介します!(後編)(alandsmannによるPixabayからの画像)

4.治療経過と研究チームの考察

経過

①アルツハイマー型認知症治療剤「リバスチグミン」は継続しつつ、漢方薬「抑肝散」の投与を開始

投与開始5日目頃より熟睡できるようになり、精神状態が安定したことで過食・早食いがなくなるCさんが穏やかになる

同居家族とのイザコザがなくなり、3食とも家族と一緒に正常な食事量を食べるようになった

「抑肝散」投与1ヵ月後には、空腹時血糖値・食後血糖値・HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)が改善

投与6ヵ月後には、食後血糖値が310 mg/dLから158 mg/dLに減少

投与7ヵ月後には、空腹時血糖値が182mg/dLから122 mg/dLに減少HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)は、8%から7.7%に減少。

その後も体調が良好に維持され、抑うつ症状も現れず、発熱脱水によって入院することがなくなった。

漢方薬治療:認知症による過食で急激に悪化した糖尿病を漢方薬で改善させた実例を紹介します!(後編)

漢方薬治療:認知症による過食で急激に悪化した糖尿病を漢方薬で改善させた実例を紹介します!(後編)(VanesaによるPixabayからの画像)

研究チームの意見

*内臓脂肪型肥満で、高血糖・高血圧・脂質異常症などの症状のある高齢者の場合は、内臓脂肪細胞から分泌される炎症反応を促進させる蛋白質の一種、炎症性サイトカイン(*11)が増加する。この過剰な炎症性サイトカインによる脳の炎症がアルツハイマー型認知症に影響を及ぼしているという研究結果もある。

アルツハイマー型認知症は、進行すると「全般的意欲の低下」から摂食障害が現れ、痩せる傾向がある。けれど、「不安」や「焦燥」から「過食」「早食い」に走る陽性BPSDの場合もある。

Cさんの食事量も常識では考えられない量だった。食事をしたことを忘れ、ただひたすら食べ続ける。家中の食べ物をむさぼり食う。菓子パンを1日に何回も買いに行って食べつくすなどの劇症「過食行動」だった。そのため、同居家族との軋轢が頂点に達し、家庭崩壊の危機にあった。

Cさんの場合も「抑肝散」で熟睡できるようになり、精神状態が安定したことから「過食」「早食い」が治り、糖尿病の劇的改善ができた。

さらにCさんの体の「陰」と「陽」のバランス(*14)をちょうど良い状態に導くことで、免疫抵抗力が増加し、急性腎盂腎炎(*9)による入退院を繰り返さないようになった。

*「抑肝散」がCさんを熟睡させたことで心身が安定し、以下の効果が現れた可能性がある。

①過食行動が止んだ

②早食いが治ったので、食後血糖値が改善

身体を流れるエネルギー「気」とカラダを流れる赤い液体「血」のバランス(*12)が安定したので、強いイライラ感、暴力的な怒り、激しい頭痛、突然の耳鳴りや難聴、めまい、眼の充血、不眠などの肝火上炎(かんかじょうえん)症状(*13)が治まった

④ストレスホルモンの分泌が正常化

⑤インスリンの効き目(*15)が改善

玉野雅裕先生は症例報告(*1)の考察でこう記しています。

認知症合併糖尿病の治療としては、第一に家族が疾患の本質を十分に認識して孤独感を和らげ、愛護的に接することでコミュニケーションを円滑化し、尊厳を取り戻させることが最重要である。』(P.45-46より引用)

もしも真夜中の台所で冷蔵庫を開け放ち、生肉を手づかみで口に詰め込む母の「過食行動」と闘う日々になってしまったら、「愛護的」に接することも「円滑」なコミュニケーションも無理です。とても私を産み育ててくれたあの母と同じ人とは思えません。こんな症状でも漢方薬治療には可能性があります!絶望しないで、どうか試してみて下さい。

漢方薬治療:認知症による過食で急激に悪化した糖尿病を漢方薬で改善させた実例を紹介します!(後編)

漢方薬治療:認知症による過食で急激に悪化した糖尿病を漢方薬で改善させた実例を紹介します!(後編)(Pietro CarbucicchioによるPixabayからの画像)

謝辞:協和中央病院 東洋医学センターの玉野 雅裕先生をはじめこの研究に携わった先生方、ご協力なさった患者さんや職員の皆さま等全ての皆様に感謝するとともに、漢方薬が高齢者の健康長寿によりいっそう役立ち、認知症の家族を在宅介護なさっている方々の負担が少しでも軽減されるよう、先生方の益々のご活躍・ご発展を祈念します。

注)

*1: Case Report「過食行動により悪化した認知症合併糖尿病に対する抑肝散の臨床的有効性の検討」【漢方医学】2016年Vol.40 No.1 43-46頁、玉野雅裕、加藤士郎、岡村麻子、小曾根早知子、星野朝史、高橋晶 (国立国会図書館所蔵

*7: 「記憶障害:覚えられない、覚えていられない、思いだせない」日本神経心理学会 http://www.neuropsychology.gr.jp/invit/s_kiokusyogai.html

*8: 「遂行機能障害:計画を立てたり、計画通りに行動したりすることができない」日本神経心理学会 http://www.neuropsychology.gr.jp/invit/s_suikokino.html

*9: 「腎臓の病気:腎盂腎炎(じんうじんえん)」徳洲会グループ https://www.tokushukai.or.jp/treatment/internal/nephrology/jinujien.php

*10:「糖尿病の分類と診断基準に関する委員会報告 (国際標準化対応版)」一般社団法人日本糖尿病学会 chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.jstage.jst.go.jp/article/tonyobyo/55/7/55_485/_pdf/-char/ja

ヘモグロビンA1c / HbA1c(へもぐろびんえーわんしー)」e-ヘルスネット 厚生労働省生活習慣病予防のための健康情報サイト https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/metabolic/ym-066.html

*11:「様々な疾患とサイトカインの関係」青山メディカルクリニック https://amclinic.tokyo/%E6%A7%98%E3%80%85%E3%81%AA%E7%96%BE%E6%82%A3%E3%81%A8%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%88%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%81%AE%E9%96%A2%E4%BF%82/

*12:「漢方の基礎知識3 気・血・水とは」クラシエの漢方 https://www.kracie.co.jp/kampo/kampofullife/about_kampo/?p=11752

*13:「肝(かん)のはたらき 肝火上炎(かんかじょうえん)とは」一二三堂薬局 漢方名処方解説 https://www.123do.co.jp/cgi-bin/medicine/diary.cgi?field=4

*14:「漢方の基礎知識4「陰陽とは」」クラシエの漢方 https://www.kracie.co.jp/kampo/kampofullife/about_kampo/?p=11754

*15:「インスリン抵抗性(いんすりんていこうせい)」e-ヘルスネット 厚生労働省生活習慣病予防のための健康情報サイト https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/exercise/ys-012.html

☆この症例報告の先生方の病院(2016年時点)

玉野雅裕先生:協和中央病院東洋医学センター〔茨城県筑西市〕及び筑波大学附属病院〔茨城県つくば市〕

加藤士郎先生:野木病院〔栃木県下都賀郡〕、協和中央病院東洋医学センター〔茨城県筑西市〕、筑波大学附属病院〔茨城県つくば市〕

岡村麻子先生:協和中央病院東洋医学センター〔茨城県筑西市〕、つくばセントラル病院〔茨城県牛久市〕

小曽根早知子先生:筑波大学総合診療科〔茨城県つくば市〕

星野朝史先生:筑波大学附属病院〔茨城県つくば市〕、霞ヶ浦医療センター耳鼻咽喉科〔茨城県土浦市〕

高橋晶先生:筑波大学医学医療系災害精神支援学〔茨城県つくば市〕

☆「日本脳神経外科漢方医学会」https://nougekampo.org/

以上

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