誤嚥性肺炎で入院し寝たきりになってしまった91歳Sさんが、漢方薬とリハビリで自宅からリハビリに通えるまでに回復した実例を紹介!
今回は、91歳で誤嚥性肺炎から寝たきりとなりながらメキメキ回復して、自宅からリハビリテーションに通えるまでに元気になったSさん。この実例を玉野 雅裕先生がたの症例報告から紹介します。
1.実例1:91歳男性、Sさんの場合
主な症状:熱がある、息が苦しい、やる気がおきない、食欲がない、腰や足に痛みがある。
既往歴:65歳より高血圧で薬を服用中。
家族歴:特記なし。
生活歴:喫煙なし,飲酒なし。
現病歴:①1年前から誤嚥性肺炎で2回入院。
②食欲がなく、日常生活で身体を動かすことが徐々に減っていった。
③今年3月、誤嚥性肺炎による発熱と呼吸困難で入院。
初診の時に服用していた薬:血圧を下げる「アムロジピン」と血管を広げ血圧を下げる「オルメサルタン」。
西洋医学的所見:159 cm、54 ㎏、血圧160 ⁄ 70 mmHg(*1)、脈90回/分(正常は60-80回/分) 脈拍のリズムは一定、体温37.9℃。
胸部理学的所見・神経学的所見:異常なし。
血液・尿検査:特記なし。
長谷川式認知症スケール (Hasegawa’s Dementia Scale‒Revised: HDS‒R):22点。(30点満点で20点以下は認知症の疑いが高まるとされる。また認知症であることが確定している場合は20点以上で軽度、11~19点の場合は中等度、10点以下で高度と判定。*2)
ミニメンタルステート検査 (Mini‒Mental State Examination: MMSE):24点。(27点以下は軽度認知障害(MCI)が疑われ、23点以下が認知症疑い。*2)
血液生化学:省略
胸部レントゲン写真:右肺と左肺の下の部分「下葉(かよう)」に、誤嚥性肺炎による炎症で肺の組織に水が溜まっている影あり。
頭部MRI:全体的な脳の萎縮がある。
心電図:異常なし。
2.Sさんの漢方的所見
漢方医学的所見:*顔色が悪い。これは「血虚(けっきょ)」と呼ばれ、「血(けつ)」の量が少なくなり不足している状態を示します。(*3)
*無気力の状態。これは、「気虚(ききょ)」と呼ばれ「気」が少なくなり、不足している状態を指します。(*4)
*脈は沈細。これは脈の場所が深く、弱くて、押さえると絶えそうで、「気」と「血」が不足していることを示します。(*5)
*舌は胖大。全体にぼてっとして大きく厚みがある状態が「胖大(はんだい)」で、水分代謝が悪く、体に余分な水分がよどんでいる「水毒(すいどく)」であることを示します。(*6)
*舌下静脈の怒張は軽度。「舌下静脈」と呼ばれる舌の裏の血管は、身体の中でも私たちが見ることができる唯一の血管で、血液の循環を知ることが出来ます。静脈がうねうねと太くなり膨れ上がっているのは、血の巡りが悪く、血管が詰まりやすい状態でSさんの場合は軽度ですが「舌下静脈」が膨れ上がっています。(*7)
*腹力は軟弱。仰向けに寝て腹部の筋肉の緊張を診た時、腹壁が薄く腹筋の弾力が弱い。これは、生命力が衰え病気を跳ね返す予備力が衰えていることを示します。(*8)
*右の胸脇苦満は軽度。右の肋骨の下、季肋部と呼ばれる部分が固く張り、指を滑り込ませるように入れた時に、痛みや不快な圧迫感が軽くある。これは、「胸脇苦満(きょうきょうくまん)」と呼ばれ、心理的なストレスで神経が張り詰めているときにも起こります。(*9)
*臍上悸がある。臍の左上で腹部大動脈の拍動に触れることができることを「臍上悸(せいじょうき)」といい、精神の病的な緊張を示します。
3.Sさんの漢方薬とリハビリテーションによる臨床経過
臨床経過:①:誤嚥性肺炎を抗菌薬で治療し、約2週間で回復。
②しかし、摂食嚥下障害が進行。飲み込めないのでご飯が食べられず、もともとあった腰の痛みや足のしびれが悪化し、寝たきり状態になった。
③「補中益気湯(ほちゅうえっきとう)」(*10)と腰や足の痛みやしびれを改善するために「牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)」(*11)の服用を始め,併せて以下のリハビリテーションA~Cを行った。
A: ハムストリング (大腿屈側筋群) ストレッチ
B: 深呼吸 (腹式呼吸)
C: 摂食嚥下・離床・起立・歩行リハビリテーション。
④漢方薬とリハビリ開始以後、1週間目ごろからむせることがなくなり、食事量が増えた。
⑤表情に活気がみられ、腰や足の痛みも軽くなり、Sさんがリハビリテーションに積極的に取り組むようになった。
⑥約2カ月後に退院し、自宅に戻った。以降、認知機能の悪化はなく、元気に週3回の通所リハビリテーションを行っている。
91歳で寝たきりから復活できるなんて、Sさんもご家族もどんなに嬉しい事でしょうか。もしもあなたが同じような状況にあるなら、どうか諦めないでください。漢方薬を処方してくださる先生を探してみてはいかがでしょうか?
次回2月16日には、大腿骨骨折で入院した86歳Tさんと、尿路感染症と敗血症で入院した87歳Uさんが、漢方薬とリハビリで回復できた実例を紹介します。
謝辞:玉野雅裕先生をはじめこの研究に携わった先生方、ご協力なさった患者さんや職員の皆さま等全ての皆様に感謝するとともに、漢方薬がシニアの健康長寿によりいっそう役立ち、患者さんとご家族のみなさまがより良い時間を過ごせますよう、先生方の益々のご活躍・ご発展を祈念します。
☆症例報告「サルコペニア・フレイル・認知症進行抑制を見据えた漢方薬治療」、玉野 雅裕 / 加藤 士郎 / 岡村 麻子 / 星野 朝文 /高橋 晶 / 小倉 絹子 / 中村 優子、脳神経外科と漢方 2022年7巻61-67頁、chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.jstage.jst.go.jp/article/jnkm/7/1/7_12/_pdf/-char/ja
☆漢方のお医者さん探し ―漢方・漢方薬に詳しい医療機関(病院・医院・医師)を8,968件から検索できます。― https://www.gokinjo.co.jp/kampo/
☆ 日本脳神経漢方医学会 日本脳神経漢方医学会は脳神経領域における漢方療法に関する研究を通じて、漢方医学の普及と研鑚を図ることを目的としています。「脳神経外科と漢方」は、日本脳神経漢方医学会 が発行。https://nougekampo.org/
補注
*1: 「血圧 高齢者の治療目標値について:我が国でもこのWHOの基準に準拠していますが、血圧は加齢とともに上昇していく傾向があることから、日本高血圧学会では、高齢者について高血圧治療の国内独自の基準を設けています。それによると、降圧目標値は次の通りです。【最大血圧】80歳代 160~170mmHg 【最小血圧】80歳代 90mmHg未満 」一般社団法人 日本健康倶楽部 https://www.kenkou-club.or.jp/check_mikata01.jsp
*2: 「認知機能の評価法と認知症の診断 2認知機能検査(スクリーニング検査)」一般社団法人日本老年医学会 https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/tool/tool_02.html
*3:「「血虚」体質のあなたはどんな状態? 漢方ではカラダの栄養を血と呼んでいます。血虚体質は「血(けつ)」の量が少なくなり不足している状態です。
血はカラダを作るための原料になると漢方では考えられています。血は血液だけでなく、皮膚や髪の毛、爪、筋肉、骨、臓器、さらにはホルモンに至るまで、カラダを作る原料になり、私たちのカラダを物質面から支え、健康を維持していると漢方では考えられているのです。」 クラシエの漢方 https://www.kracie.co.jp/kampo/kampofullife/body/?p=9377
*4: 「『気虚』のあなたは、疲れやすく、頑張りたくても頑張れないタイプ 漢方では、気虚とは『気』が少なくなり、不足している状態を指します。元気=『気』。元気は気が十分にあって初めて出せるものです。
では『気』とは何のことでしょうか。漢方では『気』は、元気の源である“生命エネルギー”であると同時に、精神をコントロールする気持ちの“気”、さらにはカラダのすべてを動かしコントロールする“機能”でもあると考えています。そのため気虚になり『気』が不足すると、カラダにとても大きな悪影響を及ぼしてしまうのです。」クラシエの漢方https://www.kracie.co.jp/kampo/kampofullife/body/?p=8455
*5: 「東洋医学の診察法~脈状」翁鍼灸治療院 https://www.ou-hari.com/tyuigaku15.html
*6: 「舌はからだをうつす鏡 舌の形」はぎの内科クリニック https://hagino-naika.com/%E8%88%8C%E8%A8%BA%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E3%80%82/
*7:「舌の状態からわかること 舌の形・色・水分・巡り」漢方と鍼灸 誠心堂薬局 https://www.seishin-do.co.jp/tcm/tongue/
*8: 「四診について 腹診の例」井上内科クリニック https://www.inoue-clinic.net/guide/detail.php?c=6&id=204
*9:「「胸が苦しい」と「胸脇苦満」」漢方内科けやき通り診療所 https://www.keyaki-kampo.jp/column/84
*10:「ツムラ漢方補中益気湯(ほちゅうえっきとう):体力虚弱で、元気がなく、胃腸のはたらきが衰えて、疲れやすいものの次の諸症:虚弱体質、疲労倦怠、病後・術後の衰弱、食欲不振、ねあせ、感冒」ツムラ https://www.tsumura.co.jp/products/ippan/045/index.html
*11:「牛車腎気丸(ゴシャジンキガン)この薬は、体力が低下した疲れやすく、腰から下が冷えやすい方の、しびれや下肢や腰の痛み、むくみ、排尿障害などに用いられます。」ツムラhttps://www.tsumura.co.jp/kampo/list/detail/107.html
☆この症例報告の先生方の所属(2021年時点)
◎玉野雅裕先生:協和中央病院東洋医学センター〔〒309-1195 茨城県筑西市門井1676 番地1 〕、筑波大学附属病院
◎加藤士郎先生:野木病院、協和中央病院東洋医学センター、筑波大学附属病院
◎岡村麻子先生:つくばセントラル病院、協和中央病院東洋医学センター、東邦大学 薬学部
◎星野朝文先生:ほしの耳鼻咽喉科クリニック、筑波大学附属病院
◎高橋晶先生:筑波大学医学医療系災害・地域精神医学
◎小倉 絹子先生:つくばセントラル病院
◎中村 優子先生:筑波大学 医学医療系 産婦人科学
以上