人生の最期の季節をどう生きるのかを、母に教えてもらっているのね(前半)
「最近の調子はどう?」軽い立ち話のはずが、3時間にも及ぶ重い話になりました。20代の頃から、仕事仲間として挨拶をかわす程度の付き合いで、決して親しい友人ではなかったけれど、あの日の彼女は話さずにはいられない様子でした。
今年89歳になられる彼女のお母様は、約10年くらいご主人の介護に奔走し、看取った1年後にご自身が脳梗塞を発病。『父の介護がやっと終わって気が抜けたのよ、きっと』と彼女は話します。
この脳梗塞を乗り越え、胆石の手術も受け、元気に回復したと思った矢先に、お母様が肺炎でICUに緊急入院。ご自身で呼吸ができない重篤な状態で、麻酔で眠らせ、管を入れて機械で呼吸を助ける状態が続いたそうです。
『本当にショックだった。もともと丈夫で、あんなに元気だった母が、ほんの2・3日で死にそうになるなんて。その上、お医者様に「このまま植物状態になったら、どうしますか?」と聞かれて、さらにショックだった。』
70代だったお母様は、幸い奇跡の回復を遂げ、無事に退院。社交的で友人の多いお母様は、以前のようにお友だちと旅行を楽しむようになったそうです。
『あの頃だったかなぁ・・・しっかり者の姉が、母に介護付き老人ホームへの入居を勧めたのよ。「仕事も家庭もあって、私にはお母さんの面倒を見れないから」って。勧められた母も、あちこちの見学会に参加したり、1泊2日の体験宿泊に行ってたの。でも、家に戻ると「老人ホームを終の棲家(ついのすみか)にしたくない。この家で暮らしたい」って私に言うのよ。』
お母様の気持ちを尊重し、たまたま独身だった彼女が、お母様が家で暮らせるようにと、実家に戻ったそうです。
最初は気にも留めていなかった些細な事件が、やがて度重なるようになります。お友だちとの約束を忘れる。旅館から予約したのに来なかったからとキャンセル料を請求される。カレンダーのメモを確認できない。液晶時計が読めない。冷蔵庫の中が賞味期限切れの食品で溢れかえる、などなど。
『実は、肺炎で入院した時に、認知症を発症するリスクが高まりますとは言われてたの。母が元気になったから、すっかり忘れてたけど。ついに、「物が無くなった」「誰々さんが盗った」って言い出した時はショックだった。でも、これが始まりだった。』
突然、興奮する。怒りっぽくなる。1日分の薬を1包みにしても、薬を飲み忘れたり、捨てたり、まとめて飲んだり。真夏にエアコンを切る。食事をとらない。料理ができない。買い物もできない。時間の感覚が崩れていく。明らかに異常で、もうどうしようもなくなって、検査を受けたら、「要介護2」と診断されたそうです。
デイサービスを利用し始めた矢先、体調が急変して、再び緊急入院。心不全でした。意識混濁の状態から、それでも2週間で退院。『ちょっと回復すると、毎日見舞いに行く私に、家に帰りたいって大泣きするのよ。』
晴れて退院した日の夜中、お母様が叫んだそうです、『家に帰りたい!』。靴下を3足も重ね、洋服も何枚も着込んで、玄関から逃げようとするお母様。病院で頂いた眠剤も効かず、昼間は穏やかなのに、夜になると暴れだす。夜中の2時頃から30分おきに布団から逃げ出し、徘徊し、転び、はいずりまわる。そのお母様を追いかけて、睡眠不足が続いた彼女は、ついに、ショートステイにお母様を預けることを決断します。
後半につづく
(長いので、前半と後半に分けました。後半は、7月12日にアップします。)