人生の最期の季節をどう生きるのかを、母に教えてもらっているのね(後半)
『もう限界で、やっとの思いで母をショートステイに預けたんだけど、私の体力が回復すると、後悔するの。「お母さんに悪いことしちゃったかな。家に居たいってずっと言っているのに、あんな知らない人だらけの所に預けちゃって」って、つい感じてしまうの。
あるいは、「お母さん、今頃どうしているかしら?帰りたいって泣いているんじゃないかしら?」って。
ところが、ショートステイから戻ってきたら母が元気になってて、機嫌が良くて、ショートステイでお友だちも出来たと聞いて、またショックを受けるの。「わたしが全力で面倒を見ていた、あの努力はなんだったのよ!」って。』
『昼間、意識がはっきりしている母に、夜中の暴れ方を話すと「あら、そんなに迷惑をかけているの?じゃあ、私が暴れないように縛っていいから」って言うの。その時は、うちの母なんだけど、夜中に暴れる時は顔つきが違ってて、あれはうちの母じゃない。』
『責めちゃいけないって判ってるの。でも、「ここはどこ?これはあたしの家じゃない」って言い出されると哀しくて、理屈でねじ伏せようとしちゃうの。お母さんの実家は戦争で焼けちゃってもう無い。だから、この家がお母さんの唯一の家なのよって、私も言い募ってしまうの。
きっと、もとのお母さんに戻って欲しくて、理屈で納得させよう、理解させようって、ケンカ腰になるのね。』
『ううん、口喧嘩にはならない。母はボロボロと大泣きしだすから。「もう死にたい」ってわんわん泣くの。あの姿を見ると、「しまった。お母さんはもう、私のお母さんじゃないんだ。結婚前の少女に戻っちゃってるんだ」って愕然とするの。
ほんとは私も泣きたい。「止めてよ、私のお母さんに戻して、私からお母さんを奪わないで」って、認知症に言いたい。』
『うちの母はみんなに好かれていて、凄く美しく生きていた女性なの。おしゃれも大好きで、みんなを明るく楽しい気持ちにさせる人だった。老後についても、「娘たちに迷惑をかけないように」っていろいろ考えていたの。それが認知症になっちゃって、昔なら死ぬような脳梗塞も胆石も肺炎も心不全も全部、生き延びちゃって、これで良いのだろうか?って考えちゃう。
母はこの状態を本当に望んでいるのかしら?って不安を感じる。・・・みんなどうしているのかなぁ・・・』
『でも、自宅でまた倒れたら、救急車を呼ばずにはいられない。あばら骨が折れてでも、心臓マッサージをしてくださいってお願いせずにはいられない。老衰のように穏やかに息絶えていくなら、静かに見守れるかもしれないけど、急に倒れたら手当をせずにはいられない。見殺しになんてできない。
でも、肺炎の時に手当をしたから、薬で眠らせたまま機械に繋がれていたから、認知症になってしまったのかもしれないし・・・考えがまとまらない。堂々巡りなの。』
『一つ確信していることは、母は私に身をもって教えているんだと思う。老いることや、人生の最期の季節をどう生きるのか、あるいはどう生きてしまうのかって姿を、母は生身をさらけ出して教えてくれていると思う。』
3杯目のコーヒーを飲み干して、彼女は帰っていきました。
以上