テレビでお馴染みの磯田先生が、パンデミックの光と影を教えてくれる『感染症の日本史』
少年のような笑顔で日本史の扉を開け放ち、わたしたちが知らなかった昔の日本を見せて下さる磯田道史先生。あの磯田先生が新型コロナウイルスのパンデミックに際し、過去の日本人たちが天然痘やスペイン風邪等の大流行にどのように対処し、どう生き延びてきたかをまとめられた新書を紹介します。
『感染症の日本史』磯田道史(いそだ・みちふみ)著、文春新書1279、2020年9月20日発行、文藝春秋、定価800円+税、ISBN978-4-16-661279-6
サイズは新書版で、255ページ。全九章に分かれ、前半の第四章までは歴史的なお話で、「日本史なかの感染症」や「江戸のパンデミックを読み解く」といった内容が分かりやすく語られます。第五章からは、新型コロナウイルスと比較しやすいスペイン風邪のパンデミックについて、いろいろな角度から当時の日本や当時の人の状況を映画のように見せてくださいます。
特にスペイン風邪は、1918年(大正七年)五月頃から流行し、第三波が収まったのが1920年(大正九年)五月頃までだそうで、資料も豊富で読みごたえがあります。
第五章の「当時の新聞が伝えた惨状」というページでは、まるでデジャブです。
『<入院は皆お断り 医者も看護婦も総倒れ 赤十字病院は眼科全滅>(東京朝日新聞1919年2月3日付)』(139ページより引用)
第七章には、ちょうどスペイン風邪の第一波が収まり、同年十月から第二波が始まる前の1918年9月に内閣総理大臣に就任した原敬(はら・たかし)氏もスペイン風邪に感染した話が出てきます。この時62歳だった原敬氏は、38度5分まで上がった熱が2~3日で平熱に戻り、すぐに職務復帰しますが、その後も数か月に渡って体の不調に悩まされ続けます。この様子を、磯田先生が『原敬日記』から紹介してくださいます。
スペイン風邪にかかった皇族として、のちの昭和天皇と秩父宮のお話も第七章にでてきます。特に致死率の高かった第三波のスペイン風邪に罹患した秩父宮の容態は重篤で、血清療法が試みられたそうです。ちょうど1919年(大正八年)に宮内庁に最先端のレントゲン装置が導入され、そのレントゲン係だった方の証言も紹介されます。
第八章は「文学者たちのスペイン風邪」と題し、志賀直哉が自分のスペイン風邪体験をもとに描いた『流行感冒』や、宮沢賢治がスペイン風邪で入院した妹トシを看病した話、歌人で医師だった斎藤茂吉がスペイン風邪にかかって一ヵ月以上臥せった体験をもとに、友人・知人にアドバイスした手紙、そして第一波と第三波のスペイン風邪倒れた永井荷風の心情を『断腸亭日乗』から紹介してくださいます。
この第八章を磯田先生はこの一文でまとめていらっしゃいます。
『(前略)そして、患者は誰もが一人一人固有のストーリーを生きています。感染の大波の前に呑み込まれてしまいがちな個々人の人生や心や「いのちの輝き」が、病気の波に洗われて、姿をあらわしていることに、あらためて気づかされます。』(235~236ページより引用)
新型コロナウイルス禍は辛いことが多いですが、瞳をこらせば、『個々人の人生や心や「いのちの輝き」が、病気の波に洗われて、姿をあらわしている』と磯田先生は教えてくださいます。この一文で元気や勇気をいただけます。
コロナ禍に疲れているあなたへ、心からご一読をお勧めします。
☆文藝春秋BOOKS 『感染症の日本史』https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166612796
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